復讐の女神ネフィアル【裁きには代償が必要だ】第7作目『聖なる神殿の闇の間の奥』第12話

マガジンにまとめてあります。


「本当にいいのですか?」
 
 アルトゥールは念を押す。何か企みがあるのか? そうだ、この状況で油断は出来ない。

「もちろんだよ」

 ハイランは、そうとだけ言った。アルトゥールは次の言葉を待った。何も言わなかった。

「では私がこの件をお預かりしてよろしいですか?」と、ジュリア。

「令嬢は貴女にお任せしよう。しかしヘンダーランの件は貴女にゆずるわけにはいかない。私を警護役人に引き渡したければそうするがいい。その時には、貴女がたの聖なる神殿の闇の間の奥も、同時に明らかにされることになるがね」

 言いながらハイランは腰に下げたメイスに手をやる。アルトゥールが持つ物と同じくらい大きく重そうなメイスだ。

 ジュリアはハイランに答える。やや、苦しそうな胸の内を明かすように。

「ベンダーラン大神官をかばい立てするつもりはありません。けれどあなたが本当に正しい事をしたと信ずるのなら、どうして自ら役人のところに行かないのですか。何一つ恥じることなどないと思うなら、そうして皆の前で、堂々と申し開きをなさればよろしいのです」

 ハイランはそう聞いても、見た目には寛大そうな態度を崩しはしない。

「私には他にもしなければならないことがある。貴女が私を捕らえて役人に突き出すというのなら、私もそれなりの対処をしなくてはならない」

 アルトゥールはメイスの柄を握り締めた。その動作は当然、ハイランの目にも入る。

「おや、私と事をかまえようと言うのかね」

「事と次第によっては」

 言いながらラモーナを見た。まだジュリアの方に歩み寄らず、ハイランの背後に立っている。安心していた様子は消え、またしても怯えの色が顔に浮かぶ。

 巻き添えにはしたくないが、ここでハイランを見逃すのもまずいだろう。

 どうする? 

 アルトゥールは自問する。

「ヘンダーランがどうであれ、あなたはこの後始末をしなくてはならないですよ。令嬢に代償を支払わせなかったのは、とりあえず今はいいとしましょう。しかしこれも本来は許されることではない」

 アルトゥールは結局、このように口にした。

 本来は許されることではない。それを聞いたラモーナがびくりと体を震わせる。彼女の前でそれを言うのは、実に冷徹な、あるいは単に冷たいとも言えるやり方かもしれないが、それでも言わないわけにはいかなかった。あえてここで釘を刺しておく必要を感じたのである。

「裁きの代償は大きかったのでしょう?」

 ジュリアは優しくそう言った。ハイランに対してかラモーナに対してか、あるいはその両方に対してなのか。それは分からない。少なくともアルトゥールにはよく分からなかった。

「はい、とても」

 ラモーナは絞り出すように細い声を出した。

「おい、こいつは危険じゃないのか」

 先ほどからずっと黙って聞いていたリーシアンがアルトゥールの背後から口を出した。『こいつ』が誰を指しているのかは明白だ。言うまでもなくハイランのことであろう。

「そうだな、僕も危険だと思う」

 そして、向こうも 僕たちのこと同じように思っている。と内心で付け加える。

 ああ、やはり、ここでやり合うことになるのか。

 アルトゥールはハイランの様子を見て覚悟した。ハイランは腰から下げたメイスを眼前にかまえた。ラモーナがそれを見て軽く悲鳴を上げ、馬車の方へと後ずさる。令嬢をかばうように、従者と思(おぼ)しき男が彼女の前に進み出た。

「お嬢さん下がってな」

 あまり令嬢を気遣う風はない。それでも一応といった体(てい)で、リーシアンが声を上げた。彼の手には巨大な戦斧が握られている。彼もまた眼前でそれをかまえた。
 
「ほう、私と戦おうというのかね」

 銀灰色の髪のネフィアル神官は、不敵であると同時に鷹揚そうに笑ってみせる。

 ラモーナは大きく悲鳴をあげた。両手で口を押さえ、それ以上は声が漏(も)れないようにする。

「お嬢様、馬車の中へお入りを」

 忠実な従者は、令嬢を背後にかばったまま振り返りはしない。

 リーシアンはかまわず宣告した。

「ハイランとやら、あんたが『法の国』の復活を企むのなら戦うまでだ。俺はどうしても、そうした奴を見逃しちゃいられねえ」

 アルトゥールはふと思った。もしかすると、この北の地の戦士が、西方世界の南方の国々に来たのは、そんな不届き者がいないかを見張り、成敗するためではないのか、と。

 それだけが目的ではないだろうが、リーシアンにとって、疎(おろそ)かにできない目的ではあるのだろう。

「大人しくあきらめてください」

 アルトゥールは一応そう言ってみる。

 ハイランは皮肉げな笑みを食べた。いつもアルトゥールが浮かべているのと同じような、唇を歪めた皮肉な笑みに思えた。

「あきめるわけにはいかない。私には目的がある」

「何の目的ですか」

「何の目的でも、君は私と共に来ることはできないのだろう?」

 ハイランはメイスを高く掲げた。ラモーナはまたしても悲鳴をあげる。彼女は馬車に乗っていなかった。従者に手を貸してもらわねば、自分一人では乗れないのだろうかと、アルトゥールは察した。

 貴族の令嬢なら常に従者に傅(かしず)かれ、 馬車の扉を開けてもらえるものだ。 さりとて、このような事態になっても人に頼るしか出来ないのは、貴族の娘といえども少々情けないと言われることだろう。

 アルトゥールは、ラモーナの気質を理解した。ここでハイランと戦えばどうなるか。それでも今となってはやるしかなかった。

続く

ここから先は

0字
霧深い森を彷徨(さまよ)うかのような奥深いハイダークファンタジーです。 1ページあたりは2,000から4,000文字。 中・短編集です。

ただいま連載中。プロモーションムービーはこちらです。 https://youtu.be/m5nsuCQo1l8 主人公アルトゥールが仕え…

期間限定!Amazon Payで支払うと抽選で
Amazonギフトカード5,000円分が当たる

お気に召しましたら、サポートお願いいたします。