復讐の女神ネフィアル第7作目『聖なる神殿の闇の魔の奥』 32話
アルトゥールは、紫水晶の色の瞳の視線をいったん卓上に落としてから、美貌の女魔術師に向け直す。
「本来は、誰かに代償を支払わせた上でなら、それに対して逆恨みしてネフィアルにさらなる報復を願うことは出来ない」
ネフィアル神官としての力を持つ青年は淡々と告げた。意図的に感情を消して、冷淡にも見える態度を示してした。
「しかしハイランがしているのは、正当なる裁きのための手続きとは言えない。だから、もし君が……」
アルトゥールは、そこで言葉を切った。じっとグランシアの反応を待つ。
「私は代償を支払うことになるのでしょう。そうすれば、あなたの女神がハイランの居場所を教えてくれる。倒せるように、助力もしてくれる、そうね?」
グランシアの、金褐色の髪にもよく映えるトパーズ色の瞳、黄水晶とも言われる宝石の色の瞳は、確かな意志の輝きを宿していた。
「そうだ」
その瞳を真っ直ぐに受けとめて、アルトゥールは出来るだけ冷静になろうとしていた。
「おい、待てよ。それじゃ」
「いいのよ」
グランシアは片手を上げて、北の地の戦士を制した。
「お前はいいのか、アルトゥール」
むしろ、お前に聞きたいんだ。そんな内心がありありと表れていた。
「僕は、そうだな。率直に言えば、やりたくはない」
アルトゥールは深いため息をついた。
「けれどグランシアが望むなら──」
「他に方法がなければ頼むわ。そんな顔しないで。覚悟は出来ているわ。ずっと何回も、あなたの裁きを手伝い、私もあなたに助けられてきたわ。ここで逃げを打つなんて、女らしくないじゃない?」
女らしくないじゃない? そうだ、君が思う『女』はそうだから。思いを馳せながらアルトゥールは首を横に振った。
「魔術師ギルドをもう少し調べられないか? そこから原因を探ることが出来れば、それに越したことはないよ」
一見賢明な判断のように思わせて、その実、それが逃げを打つことであると、他ならぬ彼自身が理解していた。
だが、ギルドをもっとよく捜査してからにしようと言う考え自体は、間違ってはいない。アルトゥールは、そう思いもする。
だけど、魔術師ギルドで何も見つからなかったらどうするんだ?
自らに問い掛ける。
「いいわ、二人ともついてきてよ、これからすぐにね」
「魔術師ギルドへ行くのか?」
と、リーシアン。
「他にも心当たりがあるの」
グランシアは立ち上がった。
「ついてきて」
それからすぐに、支払いを済ませて赤レンガの宿屋を出た。
宿屋の中には、がっしりした木戸を開けた窓から朝の光が入り込んでいたが、外はより一層明るい。
朝の陽光の降り注ぐ中を、敷き詰められた石畳の上を、三人は歩いてゆく。
道の両脇に並ぶ店はすでに開いていた。仕立て屋やパン屋、靴屋などが並ぶ。むろん、普通の家も並ぶ。炊事の煙が煙突や窓から流れ出ていた。
大抵は石造りの簡素な建物だが、中にはレンガや木製の家もある。木製の家は火事に弱く冬は寒く、故に貧しき者の住まいとされていた。
「師匠の名は、ミルヤムというわ。彼女は、病で倒れる前に、ある場所に行っていたの。そこに、これから行くのよ」
「ある場所とは?」
と、アルトゥール。
「クレア子爵令嬢の図書館なのよ」
「そこに何かあるっていうのか?」
「分からないわ」
「子爵令嬢は、この事を?」
「知っているわ、私の師匠が来ていたことは。病で倒れたのは知らないわよ。魔術師ギルドのこと、あまり外部に知らせるなと言われているの」
グランシアは先に歩きながら、後からついてきているアルトゥールとリーシアンを振り返らずに答える。
北の地の戦士は、クレア子爵令嬢の図書館が関わっていると聞いて、肩をすくめた。
「やれやれ、厄介だな。あんたのミルヤム師匠は、図書館を心良く思ってなかったクチなのか」
「ええ、そうよ。あまりね」
「馬鹿に危険な知識を伝えるなってことか?」
「身も蓋もない言い方ね、リーシアン。でも大体はその通りよ。知識は有用だけれど、必ず使い方を誤る者がいるからと。文学や哲学が伝える知恵もそうね。正しく受け取れない者には危険だからと」
アルトゥールはそれを聞いて、にやりと皮肉げな笑みを浮かべた。
「やれやれ。まるで自分たちなら過ちを犯すわけはないと、決め込んでいるみたいじゃないか」
「ま、魔術師ギルドの奴らに多い、いかにも自分たちはかしこくてモノを知っているんだって態度は鼻につくが、それはそれとして、世の中には信じられないような馬鹿がいるのも事実だからな」
それからは黙って歩き続けた。クレア子爵令嬢の図書館のある場所まで。
図書館は、この都市の中心の広場からはやや離れた位置にある。広場から放射状に伸びる道の、その中の一本の並びにあった。
辺りには、ほどほどに高価な品々を商う店や、ほどほどに裕福な人々の家がある。
静かで落ち着いた雰囲気の地域だ。
偶然にも子爵令嬢は、そこにいた。図書館の前庭に立っていた。門を通って、アルトゥールたちはクレアに声を掛ける。
「子爵令嬢、お久しぶりです」
「あら、おそろいで。きっと何かあったのね。私に、用があって来たのでしょう?」
「申し上げにくい事なのです」
グランシアは言葉に詰まる。その様子を見てクレアは、にこやかだった表情を改めた。
「いいわ。私の作業場にいらっしゃい。この図書館に、私のための備え付けの作業場があるのよ。そこで話しましょう」
続く
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