【サスペンス小説】その男はサイコパス 第27話【愛情と温情は、必ずしも最善ではない】
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「しかし……失礼ながら、どうしてあなたの法律事務所が私どもに依頼をしてきたのか、うかがってもよろしいですか」
「時道さんのお孫さん、つまり私の親友の水樹からも、とても良い話を聞かせてもらいました。時道さんも、今だ御社のことを信頼しているようです」
これももちろん嘘だ。
「はぁ。なるほど」
疑いを呼び起こしたか? 知也はそう思ったが、動じてはいない。まったく。プレッシャーも緊張もない。だからといって無責任に首を突っ込んだわけでもない。
動揺しても無駄だからだ。損になるだけだ。ならば動揺などしないのだ。簡単な話だ。
それが多くの人にとって簡単ではないのを、知也は知識としては知っている。
「それで、何か心当たりはありませんか? 時道さんが狙われている理由、狙いそうな人物をご存知ないでしょうか」
「さあ……私には何とも分かりかねますね」
知也は身を乗り出した。
「本当に何もご存知ないのですか」
ここが正念場だ。
セキュリティを切ったのはお前か? などというストレート過ぎる物言いはしない。今はまだ。
「特にあくどいことをしていなくとも、お金持ちというだけで妬みややっかみがあるものですからね」
水沢は無難な返答をしてきた。誰なのかを特定はできないと、そんな意味だろうか、と推察する。
「しかし、血のような赤インクの付いた手紙をポストに入れるくらいならともかく、強盗にまで入りますか? しかも殺されたのは家政婦だ。なんの関係もない、とは言えませんが、時道さんへの恨みだとすると、やり過ぎではないでしょうか」
知也は、ダーツ君と呼んでいる真先から、高木に関して聞いた話は黙っていた。
「それに、時道さんご本人はご無事でしたから」
と、付け加える。その間にも、詳細な観察をさり気なく続けている。
「……実は警察は私どもの方にも来ました」
そうだろうな。そう思ったが口には出さない。
「セキュリティの件ですね?」
「はい、そうです」
水沢はハンカチを取り出して額を拭(ふ)いた。エアコンのかかった店内で、暑さのせいではあるまい。
「それに関してはご存知ですよね。それなのに、私どものセキュリティを法律事務所のほうに、ですか」
当然、そこは怪しむはずだ。優れたセールスマンなら、不利なことは聞かれない限り言わずに、ここぞと売り込みを掛けねばならないだろう。水沢はそんなタイプではないらしい。かなり動揺している。時道老人からの代理で来たと言ったのが、よほど効いているらしいな、と知也は思った。
「率直に言わせていただけるなら、まだ御社に決めたわけではありません。いくつか比較検討をしてみたいと思いましてね」
「なるほど、そういうことですか」
水沢は一応納得したようだった。
「ここははっきりとお伺いしたいのですが、なぜセキュリティが切られていたのですか」
「……それは、単純な操作ミスです。今後はこのようなことのないように、社員一同が気をつけて参ります。再発防止のために、新たにマニュアルを作り、徹底しています」
「あなたの責任にはなるのでしょうね、水沢さん」
「はい、それは私が管理責任者ですからね。当然です」
知也はカバンの中から、一枚の封筒を取り出した。水沢はそれを見てビクッとした。赤いインクが血のように見えるシミになった白い縦長の封筒だ。
最初に時道老人の屋敷に行ったときに、投函(とうかん)されていた物と似ている。
「これをご存知ないですか?」
「い、いえ、何ですか、それは」
「私のアパートのメールボックスにありました」
「なっ! そんな馬鹿な! そんなはずはない」
思わず、といった感じで叫んでから、水沢はあわてて周囲を見渡し、口をつぐんだ。店の中は静かなままだ。かすかなざわめきだけは内外から聞こえてくるが、この程度で東京の人間は関心を寄せたりしない。自分たちに関わりがないなら放っておくものだ。
「いえ、あったのですよ」
知也は冷静に水沢の目を見つめた。水樹の叔父の目つきは、明らかに動揺している様子を見せている。左右にきょろきょろと視線を泳がせ、知也と視線を合わせようとはしない。
「いや、だって、そんなはずはない……」
「は? と、おっしゃいますと?」
知也ははったりを利かせた。こちらは冷静でいる。向こうは混乱している。
いいぞ。
ビジネスだろうと裁判だろうと、何であれ人と人の利害がぶつかる場面において、こちらが有利になる条件を満たしている。
俺は生まれついてのサイコパスだ。普通の人間のように動じたりはしない。
さあ、どう出る? 水沢さん?
自分の叔父が本当に事件に関わっていたと知ったら水樹はどう思うだろう?
どう思おうと、それは俺にはどうしようもない。知也は客観的事実として、そう考える。
水樹がどう思おうと、俺は俺がやりたいようにやる。やるべきだと、思ったことをやるんだ。
続く
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