【復讐には代償が必要だ】復讐の女神ネフィアル 第7作目『聖なる神殿の闇の間の奥』第19話

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「それでどうするんだ? クレア子爵令嬢のところへ行くか? それともやっぱり、グランシアを頼るのか?」

と、リーシアン。ジェナーシア共和国における愚かな大衆よりも、そちらの方が気になるようだ。

「正直なところ、まだ決められないな。お前はどう思う? 魔術師ギルドよりも、クレア子爵令嬢の図書館へ行った方がいいと思うのか」

「俺はそうしてほしい。 グランシアに含むところがあるわけじゃない。むしろ俺は好感を持っているぜ。軟弱な南方の国々の連中と違って、彼女には実に芯がある。北の大地でも生き延びていけるだけの強さを持った女だ。だがそれはそれとして、 隠された知識とやらをしまいこまれるのは、ちょっとまずい 気がするんだ」

 アルトゥールは、次に手に取った書物から顔を上げた。

「まずい、とは?」

「知識は独占されるより、むしろ誰もが見られるようにした方がいい。結局そうしたら知識を悪用するにしても、互いに抑制が効くわけだろ。魔術師ギルドだけが独占する方が、俺はまずいと思うんだ。お前はどう思う?」

 それを聞いて、紫水晶の色の目を窓に向ける。窓は扉と向かい合わせの壁面にある。やはり硝子が使われていた。その方向に魔術師ギルドがある。空は曇りだ。

「なるほど、お前が危険視しているのはネフィアルの過激派だけじゃないんだな。『法の国』の復活を阻止したいだけじゃない。魔術師ギルドまでが、お前にとって脅威だったとは思わなかったよ。 でも考えてみれば当然の話かも知れないな。 今、魔術は生活の隅々にまで行き渡り、ギルドが持つ力は大きい。ある意味では王侯貴族以上と言えるだろう」

 アルトゥールは、視線を北の地の戦士に戻した。続けて、

「彼らが魔術の研究と実践以外にあまり関心を持たないのが幸いしているが、これから先もそうとは限らない。もちろんこれはグランシア一人の思惑とは関係なしに、ギルドを全体としてどう動くかの話だ」

と。

 リーシアンはうなずく。

「それに 俺ははっきり言って、魔術師ギルドが大衆に知識を広めたがらないのは、単に愚かな連中が知識を悪用したり、誤用したりするからだけじゃないと思う。まあ、それもあるだろうが、はっきり言えば、知識を独占することによって自分たちの権威を高めておきたいだけなんじゃないかと俺は思っているんだ」

 アルトゥールは何も言わなかった。何も言わないのが答えである。彼自身も同じように考えたことがあるのだ。

「まあそんなわけで、クレアお嬢様には是非頑張ってもらわなきゃならん。もちろん、これからも 茨の道だ。決して楽ではないだろう。だがその点は、俺たちも手助けができる。グランシアがどうするかは、俺には分からないが」

「魔術師ギルドも一枚岩じゃない。全員が知識を隠しておくことを目指しているわけじゃないさ。グランシアはどちらかといえば、クレア子爵令嬢の図書館にも好意を持っているよ。ただ彼女には、 ギルドと僕たちの板挟みになってもらうのは気の毒だ。よし、決めた。クレア令嬢のところへ行こう。魔術師ギルドには話を通さない」

 この決断が後にどのような結果をもたらすか、二人ともまだこの時点では分かっていなかった。二人は、クレアの図書館に本を預けると決めた。

 グランシアにも本のことは知らせておこうとは思った。 隠し立てをするつもりはなかった。 多分グランシアは、そんなに悪い顔はするまい。

  だが グランシアが所属しているギルドの面々は、必ずしもそうではないだろう。 むしろ知らせずにいる方がいいのだろうか。アルトゥールは思案した。 グランシアに、自分たちとギルドとの板挟みになってほしくはなかった。

 しかし、と考え直す。 どの道、図書館に本を預けたことは知られてしまうのだ。そして自分たちとグランシアが、共に戦いに赴くなったこともあるくらいのつながりがあると、ギルドにも他の人々にも知られている。

 であれば、先にグランシアに知らせておくのがいいだろう。魔術師ギルドの方がクレアの図書館よりもここからは近いのだ。

「先にグランシアに知らせておこう。 多分、魔術師ギルドにいるはずだ」

 本を調べるのは、まだ終わりそうにない。 他の部屋も調べなくてはならない。魔術師ギルドと図書館に行くのは後回しにすることにした。

 巻物は広げてみなければ、中に何が書いてあるか分からないが、本の方は背表紙と表紙に書名が書いてある。それだけをざっと見て取ることにした。

 だいたいは西方世界も、西方に近い東方世界の地図だ。それに各地域の『法の国』時代からの歴史を書いた本ばかりであった。

 ヘンダーランがどんな意図で、これらの本を所蔵していたのか分からないが、とにかくだいたい何があるのかは分かった。

「それじゃ、他の部屋を調べようか」

 ネフィアル神官の青年は、片膝をついていた床から立ち上がった。と、その時だ。

 一冊の本が手も触れないのに、急に開いて中から青い肌の大男が現れた。その男は、煙のようなかすんだ姿ををしている。人には非ざる怪異な顔をしており、全身の筋肉はありえないほどに盛り上がっている。

 二人は素早く武器を構えた。

続く

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霧深い森を彷徨(さまよ)うかのような奥深いハイダークファンタジーです。 1ページあたりは2,000から4,000文字。 中・短編集です。

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