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復讐の女神ネフィアル 第2作目 『子爵令嬢の図書館』 第6話(最終話)


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「クレア子爵令嬢はアイラーナから言われていた。どのように利用されてもかまわないと。《法の国》時代から怨霊(おんりょう)となって生き残ってきた存在は知られていないが、暗殺者ギルドの脅威を知らない者はまずいない」

 アルトゥールの静かな、淡々とした声がテルミナールの耳を打った。それ以上は説明されなくても彼にも理解出来た。
「そうだったのですね」
 テルミナールは卓に視線を落とし、うつむく。
「妹は、アイラーナは吾よりクレア子爵令嬢を選んだ。それが事実なのですね」
 アルトゥールは答えなかった。

「分かりました。ありがとうございます。妹を殺したのも本を破損したのもその怨霊のしわざ。あなたはクレア子爵令嬢を助けることで、仇を討ってくださった。これから契約通り代償を差し出します。さあ、私の罪への裁きを」
「裁きはすでに成(な)されています」
「え?」
「分からないですか?」
 テルミナールはアルトゥールの顔を見た。呆然とした様子で。
「それでは失礼。僕は帰ります」
 アルトゥールは立ち上がる。シンシアに礼を言うと、そのまま密談部屋の扉から出ていった。

 その日の内にアルトゥールは再びクレア子爵令嬢に会った。図書館でのことである。令嬢は図書館の庭先に出ていた。貴族のための場所にアルトゥールを招いてくれた。季節はまだ早い春。ムスカリの花が、庭の地面を覆(おお)う。

「これから私には、やらなくてはならないことがあります」
 クレア子爵令嬢は言った。落ち着いていて、大げさな素振りは何も見せずに。

「私は家を出ます。ジュマダール伯爵との婚約は破棄させていただきました」
「そうですか」
 アルトゥールは、それ以上を言わない。
「《法の国》の怨霊はまだ他にも。私は退治しに行きます。かの昔の帝国の遺跡まで」
「まさか、あなた一人ではないのでしょう?」
「ええ。寒い北の国から来た傭兵戦士リーシアンが私を護衛してくれます」
 アルトゥールは、その名を知っていた。西方世界の内陸諸国では名高い戦士である。会ったことも何度もある。共に戦ったことも。ロージェと同じように、同じくらい、信頼していた。

「クレア子爵令嬢。その冒険、少し待っていただけますか?」
「何故ですか?」
「僕も一緒に行きたいからです。いや、行かなくてはならない」
「《法の国》で過去にあったことに、あなたが責任を感じる必要はありません」

 アルトゥールは、令嬢の慰めの言葉に、首をそっと横に振った。
「僕がただの一信徒ならば。しかしそうではない」
「あなたは、北の戦士あるいは北の勇者と呼ばれるリーシアンとお知り合いね」
 クレア子爵令嬢は、かがみ込んでムスカリを一輪だけ摘(つ)んだ。それを自分の服の襟元(えりもと)に差す。アルトゥールは、その様子を見つめながら答えた。

「はい、そうです」
「あなたは真の勇者だと、彼が言いました」
「そうですか。それなら奴に伝えてください。真の勇者が共に過去を滅ぼしに行くまでは待ってくれと」
 そこで一息分だけ間を置く。
「あなたにも待っていただきたいのです、子爵令嬢」
 クレア子爵令嬢は、密やかな笑みを見せた。
「分かりました。お待ちしています。でも、あまり長くは待たせないでくださいね」
「大丈夫ですよ。昔の貴族であるトリアンテ女伯爵の領地での件を済ませたら、必ず」
 そう言ってアルトゥールは、子爵令嬢に一礼をして去っていった。

子爵令嬢の図書館 終


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続きはマガジンにて、まとめてどうぞ。

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