【サスペンス小説】その男はサイコパス 第23話
マガジンにまとめてあります。
とりとめのない話をしてからファミリーレストランを出た。帰りは一人で本屋に寄ると言い、水樹とは別れた。
「知也も電子書籍にすればいいのに」
「紙で手元に置いておきたいんだよ。紙でないと出てないのもあるしな」
「分かった、それじゃまたな」
「ああ」
本屋に寄ると言ったのは嘘だった。罪のない嘘ではあるが、重要なことを水樹に隠していた。出てきたばかりのファミリーレストランの駐車場の隅でスマートフォンを取り出し、水樹の父方の叔父が勤める警備会社に電話を入れる。
「はい、リッチェル・セキュリティサービスです」
いかにも卒の無さそうな若い男の声だ。
「はじめまして。私は名尾町知也と申します。鷹野時道さんに依頼を受けた行政書士です。お伺いしたいことがありまして、お電話差し上げました」
「恐れ入りますが、ご依頼人様に関する質問にはお答えすることは出来ません。何とぞご理解くださいませ」
「担当の水沢雅史さんはそちらにお勤めですね? 水沢さんの甥の鷹野水樹君は私の友人でもあります。甥御さんの友人から、電話があったとお伝え願えますか?」
「それでしたら、水沢の方から再度お電話させていただきますが」
「では、よろしくお願いいたします」
知也は電話番号と氏名を伝えた。電話の向こうの男は復唱する。
「間違いありません」
「ではしばらくしてから折り返しご連絡差し上げますので、お待ちくださいませ」
知也は礼を言ってから電話を切った。
「さあ、おっさんはどう出てくるかな?」
友人の叔父をおっさん呼ばわりして、
「やっぱり本屋にも寄るか。衛藤杏寿(えとう あんじゅ)の新作が出ていたはずだ」
と、独り言を言う。
衛藤杏寿は今をときめく女流の新進推理作家だ。
電車に乗り、隣の駅で降りてから駅ビルの中に入る。八階に比較的大きな書店がある。目当ての新刊は入り口近くのすぐに目につく場所に平積みになっていた。ハードカバーだ。
上品な日本画風の装丁で、青いワンピース姿の女性が表紙に描かれている。主人公である名探偵の新井かすかであるのは明白だった。一冊を手に取る。特に汚れていなければ一番上のを買うのに抵抗はない。レジに持っていった。
その時、また後をつけられているのに気がついた。
「なんだ? またダーツ君か?」
鷹野真先に勝手にあだ名をつける。知也の声はごく小さかったので誰にも聞こえない。レジに並んで待つ。スマートフォンを取り出して鏡の機能を持つアプリを使い背後を見る。
「やはりダーツ君か。あれで話はつかなかったわけだな」
事態が面白過ぎて、自然とにやけてくる。
「衛藤さんにこの話を手紙に書いて送りたいな。小説のネタになるのかは分からないが」
いや、証拠がなければ作り話だと思われるだけか。そう思い直したが、それでもかまわないと思う。読まずにシュレッダー行きでも仕方のないことだ。向こうには向こうの事情がある。
冷たい心の持ち主だと思われがちな知也ではあるが、こちらからも相手に執着はしないのだった。
「ダーツの先に毒を塗って殺すとか、出来るのかな」
口には出さずに考えた。余裕があると言うよりは、感覚が麻痺しているような態度だ。感覚は確かに麻痺している。たぶん、生まれた時から。ゲームの解き方を考えるように冷静で、そして何より『楽しい』と思う。
土曜日の駅ビルの大型書店だ。それなりに人出はある。この中でダーツを投げれば目立ち過ぎる。ダーツの投てき動作は意外に大きなモーションなのだ。
「推理作家になるのは、けっこう大変そうだな」
知也の順番が来て、レジに本を出す。スマートフォンの電子マネーで払い、カバーも袋も無しで、レシートだけをはさんでもらう。
知也は精算が終わってから、何気なく後ろを振り返った。『ダーツ君』はそこにいた。向こうはこちらが気がついていると分かっていないようだ。分かっていないふりをしているのかも知れない。
「どうした、用があるなら直接来いよ」
これもごく小さな声でつぶやいた言葉だ。
これに答えるように、真先はそこを立ち去った。知也に背を向けて。
「なんだ? 俺が気がついたと分かったのか」
知也はここは一つ、逆に相手をつけてやろうと思った。尾行などは全くの素人だが、それは『ダーツ君』も同じだ。
その時、ひらめいた。
「水樹、今すぐ出ろよ」
急ぎの用事は電話だ。メッセージアプリでは後回しにされるかも知れないからだ。
「何だよ?」
幸い、水樹はすぐに出てくれた。
「背後に気をつけろ。何だったら、今すぐ警察に
、誰かに後をつけられていると言え。事件の関係者で相続人の一人だ。警察も保護してくれる」
「どうしたんだ、いきなり」
「今は詳しくは話せない」
知也は一方的に電話を切った。
そのすぐ後に電話が入った。水樹からではない。リッチェル・セキュリティサービスからだった。
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