復讐の女神ネフィアル 第7作目『聖なる神殿の闇の間の奥』第5話
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足音は大きくはない。あたりの静けさを引き立てるように、微かに響く。
この広間は客間のようで、来客を迎えるための設えが整えられてるようだった。かつては。今はほこりが積り、花瓶に飾られていた花々も枯れて、貧相な様子を見せていた。
そんな中に、開け放たれた扉の向こうから彼は来た。
「これはこれは」
まるで道端で偶然に知り合いに出会ったかのように、その壮年の男は歓迎のしぐさを示した。
「誰なんだ?」
アルトゥールは、自分では当然と思う問いを発した。
「君たちから名乗りたまえ」
四十をわずかに越えたばかりに見えるその男は静かに告げた。さほど背は高くもない。暗い灰色のローブを着ている。いぶし銀の色の髪によく合っていた。
髪色は老化によるものではなく、元からそのような色合いであったように、金属的な光沢の艶(つや)がある。
「私の名は、ジュリア。ジュリア・セイナート。ジュリアン神殿の神官です」
真っ先にジュリアが名乗った。
「ほう。貴女が」
男は感心したような態度を示した。しかし大げさで嘘くさい。真からの敬意ではないように見える。
「我が名はハイラン」
男はそれだけを口にした。沈黙が流れる。
「僕はアルトゥール」
ネフィアル神官の青年も、それだけを名乗る。
「知っているよ。君がここに来ることも知っていた」
ハイランは悠然として笑みをわずかに浮かべた。
「それは何故です」
「ヘンダーランを追ってきただろう。ここにいた闇の月の女神の神官もだ」
アルトゥールは答えない。
「あんたは何者だ?」
「君の名はリーシアンだな。白き狼の一族のリーシアン。遥か北の寒冷な地から来た、極めて腕の立つ戦士だ」
「知ってくれているとはありがたい。で、あんたは何者だ? こちらはあんたを知らない」
「ネフィアルに仕える神官だ」
ハイランと名乗った男は短く答えた。アルトゥールの方を向いて、
「君は決して自分の望みを達することはない」
と告げる。
「分かるように言ってくれませんか?」
青年の無遠慮な言い方に、しかしハイランは気を悪くした様子はなかった。
「君は決して自分の望みを達することはない。それはすでに決まっている。それが君の運命なのだ」
「運命?」
「『法の国』初期や中期のように、偏りなく公正な社会は長くは続かない。人々は多様な神々の、様々な教えが存在するのに耐えられなくなる。また、教えを説く者は自分の考えこそが正しいとして受け入れられるのを望む。誰も他の考えを聞きたがらない。自分が語りたいことだけを語り、自分が聴きたいことだけを聴く」
アルトゥールは黙った。確かにそんな人間はいる。いや、多いと言ってもいい。ジュリアン信徒だから、ではなく。人間だから、なのだ。当然ネフィアル側にもいるだろう。それが青年には分かっていた。
「だから、何だ?」
リーシアンの苛立ちを、ハイランは無視した。彼はアルトゥールを次にジュリアを見た。
「そのような集まりでは、異論は許されない。いや、許したくない。どれほど論理的でも、丁重な言い方をしても、その相手の言うことを一部であれ認めていても、異なる考えを聞くだけで苦痛だ。アルトゥール、君には分かるまいな。そうした人々の感じる苦痛が」
「苦痛?」
一応聞き返したが、言わんとするのが何であるかは薄々分かっていた。
「君はジュリアと話していても、自分や自分の思いが否定されたとは思わない。しかし傷つく者はいる。聖女ジュリアの存在そのものに、この女が聖女として信望を集めていることそのものに傷つく。そうした者こそ真の弱者だ。私は弱者を救いたい。そして必ず救う」
「ジュリアン側の『弱者』はどうなるんです」
やや、という以上に皮肉げな口調になっているのを自覚していた。
「そんなものは知ったことではない。いや違うな。そんな弱者の多くは従うべき明確な基準が欲しいだけであって、真実ジュリアンを信仰しているわけではない。我々がそうしろと言えば従うだろう。従わせるんだ。何故君はそうしなかった、アルトゥール。そうするのが真の慈悲なのに」
「あなたの言う真の慈悲って何なのです?」
だんだん危険な雰囲気になってきた。ハイランの目に鋭い、鋭過ぎる眼差しが宿るのを見た。おそらくは、アルトゥールをも従わせるつもりなのだろう。
「安心し給(たま)え。聖女ジュリアに危害は加えないよ。ただ、少しだけ大人しくしていて欲しいのだ」
「おい、おっさん。勝手なことを言うなよ。『法の国』の復活なんて絶対にさせんぞ」
「お前は黙っていろ!」
ハイランは暗い灰色のローブの下から、メイスを取り出した。アルトゥールの物と同じように重い型のメイスだ。そして同じように黒い。同じように、暗赤色の透明な光が宿った。
「駄目だ!」
アルトゥールは前に、ハイランの方に進み出た。素早く、リーシアンとジュリアをかばうように立つ。
「駄目です。そうはさせない」
虚しい抗議であるのが、アルトゥールには分かっていた。
ハイランはメイスを振り上げた。
続く
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