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『心は孤独な狩人』読書感想。

アメリカ南部の小さな町でアントナプーロスとシンガー、2人の唖は仲睦まじく過ごしていた。
ある日、アントナプーロスの病で入院することになり、シンガー1人での暮らしが始まる。
控えめで上品なシンガーに惹かれ、シンガー宅に通うようになるミック、ジェイク、コープランド、そしてビフ。
彼らは誰にも言えない鬱屈した思いや理想をシンガーに語り、彼だけは理解してくれたと感じ、また日常に帰っていく。
彼らが求めていたのは本当にシンガーという個人だったのか?
この問題について、小説では入れ子構造になっており、1人になってから皆の心を投影するスクリーンの役割を果たすようになったシンガーは、以前はアントナプーロスをスクリーンとして、思いの丈をぶつけ、安寧を得ていた。
皆、自分の思いを聞いてくれる誰かを求めており、それが満たされることで、心の安寧を得ている。
品よく控えめな真っさらなスクリーンであればよく、自分の意見をきれいに投写してくれるので、自分の意見を肯定してくれているように見えるから、理解してくれる聡明さを持ち合わせた人間という風にも見える。
だから、個人として、閉じられており、相手との深い心の交流というものはない。
悲しいかな、人間の本質を突いている。

最終的に、皆それぞれのスクリーンを失うのだが、その絶望、特にシンガーの絶望はひと塩だった。
しかし、他全てが分かり合えなくても、一部分だけでもわかりあえることができたなら、ブラントと医師にその後繋がる未来があったならば、また世界は変わっていたのではないだろうが。
傷つけあいぼろぼろになりながらも、より良い未来を構築していく2人の未来が。
2人の目指す遠い灯火は似て非なるものでありながら、本質は同じもの、差別の問題だったのだから。

シンガーは自死という悲しい最期を迎えたが、他4人の人生はまだまだ続いていく。
絶望に飲み込まれないよう、必死に顔を出し、息継ぎして泳ぎ続けるような人生が。
決して希望がないわけではないが、届きそうもないわずかな光だ。
それでも皆前に進んでいく。
日常に飲まれ、自分を見失うこともままある、それでも生きることを諦めない。
その姿は何よりも美しい。

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