P・ジェリ・クラーク『精霊を統べる者』
エジプトを舞台としたファンタジー、というのは今まで読んだことが無かったのだけど、それに加えて本作は歴史改変ものであり、さらにはスチームパンクの要素まで取り入れている贅沢な作品だ。その点でジャンルミックス的な楽しさがあり、これ系が好きな人には大いにおすすめできる。蒸気駆動宦官(執事ロボット)、自動馬車といったワードに反応する御仁ならまず間違いなく。
物語の始まりはこうだ。かつて20世紀初頭、エジプトでアル=ジャーヒズという人物が魔術と精霊(ジン)の扉を開き、その後世界は大きな変容を迎えることとなる。時は進んで40年後、カイロ西南の都市ギザで行われていたアル=ジャーヒズを称える秘密結社の集いで、メンバーがまとめて焼き尽くされるという事件が発生。これを受けて魔術・錬金術・超自然的存在に対処する特別捜査官ファトマが調査に乗り出すこととなる(超自然現象専門のエージェントってあーた、要素もりもりで最高ですな~)。相棒には新人だが優秀な能力を持つハディア。そして不思議な能力を持つファトマの恋人、シティ。その他、カイロ警察や、同僚のエージェント、神官アハマドなど、事件の調査を進めるにあたって数多くの人物が登場する。
極め付けは「ジン」と呼ばれる精霊の存在で、彼らは人間とともに働き、生き方や考え方で異なる点はあるものの、協力し合いながら生活をしているのだ。当然、精霊たちは特別な能力を持っており、それを活かしながら仕事をこなし、ときには「交渉」という形で人間ときわどい対話を行うこともある。ジンたちは人間の言葉を額面通りに受け取る側面を持っており、言い方ひとつ間違えれば大変な事態となることもあるという。本作ではそのような「対話」におけるヒリつくようなやり取りが各所にあり、会話劇として見ても面白い。また、中には人間と精霊で愛を育む者もいて、混交とした世界が出来上がっている。
ジンが持っている能力は様々で、例えば作中には「幻覚」のジンが登場する。その名の通り、幻覚を見せる能力を持ち、建物の外部よりも内部の方を大きく感じさせたり、見ている景色がまるで違うものになるなんて場面もあり、ファンタジックな描写にワクワクさせられた。これは『アラビアン・ナイト』なんかに出てくる「砂漠の真ん中にぽつりと存在する城や都市」に対する説明にもなっており、さらに言うと認知にかかわる話でもあるわけで、魔法が存在してはいるものの、科学的な根拠みたいな面も重視しているバランス感が独特だ。
作中ではジンの他に”グール(屍食鬼)”や”天使”と言われる存在も登場。大枠の話は「事件の黒幕を追いかける」というシンプルなものだが、エキゾチックで煌びやかな世界観と、それを見せる構成の巧さから読むほどにのめり込んでいくこととなった。また、アクションシーンが割と多いのも特徴で、魔術を使った大規模でビジュアル重視の場面があれば、格闘や身体能力を活かした場面もあり、「動」の楽しさも担保されている。
主人公ファトマのクールで意思の強い人物造形はかっこよかったし、相棒となるハディアが頑張りを見せ、その実力をファトマが認めることでバディとしての絆が深まっていく展開もとても良い。謎多き女性シティについては前半を読んでる時点ではあまり魅力を感じなかったのだけど、後半彼女の秘密が明かされて以降、ファトマの心情と同調するようにグッと距離が縮まった気がしてなんだか嬉しかった。
すべてのジンを操る能力とか、あらゆる人の認識を変えてしまう能力とか、「九人の王」というヤバい力を持った奴らとか、それらをすべて封印する指輪とか、後半になるとそれまで配置されていた要素を手加減することなく注ぎ込み、ちょっとインフレ気味なくらい壮大な展開となっていく。読んでいて「映像化向きの作品だなー」と思う場面が多くあったので、きっとそのうち映画化されるでしょう。『ハリー・ポッター』のエジプト版と言えばわかりやすいけれど、テリー・ギリアムの映画や『ワイルド・ワイルド・ウエスト』みたいなガチャガチャしたポップさもある作品なので、映像表現にこだわりを持った監督が作ってくれたら嬉しいな。
あと、エジプトが舞台ということもあり、食文化や衣装、歴史や地形など、エキゾチックな要素・描写も見どころ。個人的には作中で架空の書物(『デルヘンマ女王物語』は実在する本との指摘を頂きました。すまん~)が結構な頻度で出てくるのがツボでした。西サハラの王国で人気のファトマ・デルヘンマ女王の物語『デルヘンマ女王物語』とか、ティンブクトゥの王宮哲学を完全収録した十三世紀の大著とか……なんじゃそれ、読んでみたいぞ。
人が何を聞きたがっているか察し、恐怖や、偏見や、飢えや、帝国間に存在している不審などにアピールするという敵側の思惑は、いまも昔も行われている政治やマインドコントロールの話であり、対して主人公がどのように道を切り開くかについても見どころとなるだろう。
架空のエジプトおよび世界情勢を描き出し、ファンタジックでエキゾチックでミステリアスな冒険を堪能できました。ファトマとシティの前日譚やスピンオフは作りやすそうだし(てか多分もう書かれてるんだろうけど)、続編や映像化が待ち遠しい。
ついでに、Xを巡回してたら海外のファンアートを見つけた。あー、なるほど? こういう解釈ね。なるほどなるほど。好きです。