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【短編小説】私と僕と夏休み、それから。(第7話/全12話)

キコとシオンが次に会えたのは、八月に入ってからのある日の午後だった。
二人とも午前中は部活があったので、制服姿だ。キコは白いセーラー、シオンは薄い水色のYシャツに薄いグレーのスラックスといういでたちで、けん玉をしていた。
森の中の神社に、カッ、カッというけん玉の音が響く。

「7回!7回できたよ、もしかめ!練習では5回までだったから記録更新」
「忘れるな、って言った方ができてないなんて」
「いやそれはさ、けん玉相手がいなくなったら離れちゃうでしょうよ」
「僕は引っ越してから買ってもらって、忘れないようにたまに遊んでいたというのに」

そう言いながら、シオンは皿から皿へと流れるように玉を移動させていく。
小学校1年の頃は、キコの方が上手だったけん玉。高校1年生の今、逆の立場になっていた。
けん玉に飽きた二人は、拝殿前の段に座ってキコは水筒を、シオンはペットボトルを取り出し、お茶を飲み始めた。

「なかなかいい運動だったわ、久しぶりのけん玉」
「運動ね。てかここってさ、いまだに誰も来ないんだね」
「入口の鳥居小さいし、意外とみんな知らないんじゃないかな」
「そうだ、合宿のお土産」

と、シオンはりんごクッキーの個包装を2つ、キコに渡した。

「おーありがとう!おやつにいただきます。いい星は見られた?」
「めちゃくちゃ見られた。こっちとは全然違うよ。みずがめ座流星群、つまり流れ星なんだけど、はっきり、それも何度も流れてきたり」
「ええ!!願い事し放題じゃん!」
「してないけどね」
「もったいないな」
「星を見る方に忙しいから、願ってる暇ないよ」
「ふーん、そういうもんかね」
「中村さんは何してた?」
「宿題、部活、友達とお祭り行って、また宿題…それと弟のお世話ね。まだ小さいから…」

と言ってから、キコは「はて?」と思った。
シオンはキコに弟がいることを知っていた。なぜだろうか、と。

「ねえ、シオン君。私に弟がいるの知ってたよね」
「うん、それが?」
「なんで?」
「え?」
「弟が生まれたのは私が十一歳の時だよ。あの時に知ってるはずない」
「…」
「結局うちも離婚して、私はお父さんに引き取られたの。そのあと再婚して弟が生まれた」
「それは…クラスの誰かに聞いたんだと思う。それをたまたま」
「けん玉も、猫も弟も、伏線って言ってた!」
「いや、伏線とは」
「賢いシオン君がそんなミス?あ、別に怒ってるとか何か疑ってるわけじゃなくてね、単純に不思議で。私に弟がいるのを知ってるって、美紀と凛くらいだと思うんだ。でも二人と喋ったことなさそうだし…おうち遠いから、見かけるってのもなかなか無いでしょ?」

シオンは下を向いたまま、しばらく黙っていた。気まずい沈黙ではあったが、これは待つしかないと、キコはしゃべりたいのを我慢した。
シオンはひとつ大きなため息をつくと、のろのろとした手つきでリュックからスマホを取り出した。スマホを操作し何かを表示すると、それをキコに見せた。
画面に写っていたのは、シオンと知らないおじさん、そしてキコの母親と姉だった。父と離婚してからずっと会っていなかったが、はっきり分かった。

「…私のお母さん、と、お姉ちゃん…だよね、これ…」
「今の僕の家族」
「は?」
「僕も父親に引き取られて。しばらくしたら父さん、この人と再婚して、ついでに姉ができたんだよ」

キコは予想もしなかった出来事に、頭が真っ白になった。このあと、何を話せばいいのか全く言葉が浮かばない。

「うちの高校選んだのは偶然じゃないんだよ。知ってたんだ。中村さんがどこを受けるか」

またも衝撃の事実が降ってきたが、これにはキコも反応した。

「え、なんで!?私、二人にはずーっと会ってないよ!?」
「中村さんのお母さん、離婚してからも娘が心配だったみたいで、状況だけは元旦那さんから教えてもらってるんだよ。あ、元旦那さんのこと、いろいろあったけど優しい人だって言ってた」

父から、「お母さんとお姉ちゃんに会ってもいい」とは言われていた。しかし、母に会うことで父に不快な思いをさせたくなかったし、キコはそこまで二人に会いたいとも思わなかった。
物心ついてからの母親の思い出は、怒鳴られてばかりだった。姉はとげとげしかった。
キコが会いたがらないためか、父も姉とは会っていないらしい。

「連絡取り合ってたのか…ああ、そういえば再婚したって教えてくれたっけ…」
「中村さんの写真も送ってもらったみたい」

母親とのいい思い出はないが、ずっとキコのことを気にかけてくれていたことは、正直にうれしいと思えた。

「写真見せてもらった時さ、驚いた。驚いたなんてもんじゃないよね。だって再婚相手の娘が」

シオンはそこで言葉を切り、キコの目を見て言った。

「あのキコなんだもん」
「…私の写真見せるってさ、お母さんと仲いいの?」
「まあまあ。仲のいい親戚のおばさん程度には。キコの近況を知るには仲良くしておく必要があった、というのもある。緑さん、お酒飲むといろんなこと話してくれちゃうから、そこが狙い目でね。素面の時に『娘さんのこと教えて』なんて言えないから」
「え、意外と打算的…あ、名前で呼んでるの?お母さんのこと」
「うん。いまだに呼べない、お母さんとは。でも仲は悪くないから。お姉さんのアイさんとも、それなりに仲良くやってるから」

緑と二人で夕飯を取ることが多く、晩酌にも付き合っていたらしい。緑は酔っている時の記憶があまり残らないタイプで「根掘り葉掘り聞けた」そうだ。その時にキコに弟がいることなども聞いたらしい。

「でもさあ、お母さんも受験校まで聞き出すなんて。合格した学校を聞くならわかるんだけど」
「会えない分、超詳しく知りたかったみたいだよ。アイさんのことも詳しく報告してるみたい。そのおかげで会えたわけだし。緑さんの娘だと知ったのは中1の時なんだけど、それ聞いて絶対会わなきゃって思った。かと言って、突然家に押し掛けるのもねえ。酔っぱらってるときでも、キコと知り合いなんていえなかったし。それで考えたのが同じ高校に行くこと。公立だったとしてもギリ学区は同じだし、私立ならどこに住んでても通えるからね」

受験校以外にも、キコのもろもろの個人情報を知っていたシオンの話を聞いているうちに、キコはちょっといじわるがしたくなった。

「でもさあ、同じ高校通えなかったらどうしたの?たまたま、二人とも受かったからいいけど」

シオンはぽかんと口を開けた顔になったが、突然声をあげて笑い出した。体をのけぞらせたり、手で足をたたいたり、今までみたことのないほどの爆笑で、キコは逆に固まってしまった。

「…え、なに、そんな面白いこと言った??」
「いや、ちが、あはは!!僕そんなこと考えたことなかったよ!」
「ええ??」
「同じ高校受ければ、同じ高校に行けるって思い込んでた!そうだよね、キコが全落ちしてたかもね!」
「はああ??さ、さすがに全部は落ちないよっ!!馬鹿にしすぎ!」
「すまん。でもそしたらさ、」

シオンは笑いすぎて呼吸は乱れていたが、はっきりと言った。

「キコが入った高校に会いに行ったよ」
「……」
「高校生にもなれば、自由に出かけられるようになるし、こっちは緑さんという情報源がある。どうしてももう一度会って、謝りたかった」
「すぐ気づけなくて、ほんとごめん…」
「いいよ謝らなくて!あんな遠回しな方法しかできなかった、僕がおかしい!今思うと、初めから素直に言えば良かったんだ。あの時の渡辺でーす、覚えてますかーって。アイさんによく言われるんだよ、『お前何でも言うこと聞きそうに見えるけど、実はめちゃくちゃ反抗的だよね』って」

確かに、いつもニコニコしていて人畜無害そうにみえるシオンだが、実際は若干、いや、かなりひねくれものなのかもしれない。キコはシオンのことを何も知らないんだな、と思った。

「そういえば、お母さんは知ってるんだよね?私とシオン君が同じクラスだって」
「知らないと思うよ。言ってないし」
「え、でも、聞かれなかった?会ったかどうかくらい」
「うん。見かけた?って何度も聞かれてるけど、見かけてないって答えてる」
「…ずっと言わなそうだな。本当に反抗的なんだねえ」
「そうだねえ。自分でも嫌になるくらい!でも、ここにいるときは素直な方だよ」

そういうシオンの表情は笑っているけど暗かった。

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