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【小説】神社の娘(第24話 橘平、山は春がいいなあと思う)
解読内容はおおまかに二人に伝えた、と桜は葵に説明した。
そのうえで、今後はどうしていくかである。桜は「まもりさんのことを調べたほうがいいのでは」と提案した。
「お守りとも何か関係ありそうだし。でね、うちにある古い文献をもう一回、別の視点で読んでみようかと思って」
「別の視点??」
「そう。女中さんとかお手伝いしてくれた人の名前とかその人たちの話とか。そういう箇所を丁寧に読んでいこうかなって」
「じゃあもう八神家にはみなさん、来ない?」
一宮家で調べ直すならば、もう八神家は用済みなのだろうか。橘平の胸に一抹の寂しさが広がった。
それを感じ取った向日葵は「そんなことはないでしょ。まもりさんは八神の人だし、八神家にまだ何かありそーな気はするじゃん?」そう声をかけ、「それにさあ、開けてない段ボールにも何か入ってるかもよ~。あとは……裏山?」
「山ぁ。山に何かあったかなあ……山を歩き回るのは暖かくなったらがいいなかなあ、なんて」
「俺なんか仕事で毎日山だよ」
一応、彼なりに冗談である。橘平もそのあたりのニュアンスは察することができるようになってきたが、良い返しが思い浮かばない。
「ええとじゃあ、今でも」
「暖かくなったらでいいよ。山岳ガイドの都合に合わせるさ」
八神家の山の話題で、向日葵は「はて?」とひっかかることを見つけた。
「そういや、私も仕事でしょっちゅう山行ってるけどさ、南地域の山は一度も入ったことない。未知の領域よ」
「そうだな、南って一度も…」
「いままで気にしてなかったけど、ホントに南地域って害獣も妖物もでないよね~不思議!それをさ、親族も課内の誰も指摘しないよね?」
「あ!おそらくそれも、『なゐ』の封印に関係してるんじゃないかしら。森に近づかないよう、思考が操作されているように」
これは一理ある。葵と向日葵は特に強く思った。今の今まで、親戚たちも職場の人間も自分たちですら、それを疑問に思ってこなかった。また一つ、封印の思考が外れたようであった。
「一宮の文献からまもりさんにつながりそうなことがないか徹底的に調べる。それに、蔵の段ボールも念のため開ける。それが終われば暖かくなるだろうから、山にも入ってみる。とりあえずは、こんな順序でいいか?」
葵がこれまでの話をまとめ、3人に提示した。それぞれ、OK、分かりました、と同意した。
「じゃあ来週、うち、来ますか」
まだ用事があるだろうから聞いているだけなのに、橘平は変に緊張する。来るかもしれないと期待すると、妙に嬉しかった。
「そうだな。段ボールの開封は来週。一宮の文献は俺と桜さんで。平日の夜か」
「年代は絞られてるから、一人で大丈夫だよ。仕事で疲れてるんだから無理しないで」
「俺も昔の人の文字が読めればお手伝いできるんすけど…」
「私もぉ…」
読めない組は申し訳なさそうに、叱られた子犬のようにしゅんとする。大したスキルのない自分が、情けなくなってきた橘平だった。
「ありがとう二人とも。その気持ちだけで嬉しい」
ふわっとしたほほえみに、子犬たちは心を救われた。
「いや、全部一人では。一日でも都合が合えば行く。いつなら」
「じゃあお言葉に甘えて。来週は……水曜か金曜かな」
「それなら水曜だな」
「うん、じゃあ水曜にうち来て」
また親友が取られた。そんな気持ちの橘平だった。
幼いころからの付き合いとはいえ、向日葵は、この二人が会うことに抵抗はないのだろうか。橘平の見立てでは彼女は葵に思いを寄せている。桜は二人を兄姉のように慕い、葵もそのくらいの気持ちだと推測される。3人そろうと家族のようにも見え、何も起こりようのない間柄だ。とはいえ、多少嫉妬はしないのだろうか。ふと、疑問を持った。
ちら、っと橘平は向日葵を盗み見る。
「そっかー頑張って」
クッキーを齧り、紅茶を飲んでいる。
何も感じてないようだ。そういう3人なのかもしれない。
不思議な関係だな。橘平は真夜中の蛇口から落ちる一滴のしずくのように、静かに心の中でつぶやいた。
今後のスケジュールが立ったところで、桜は「ところで」ときらっとした目を橘平に向けた。
「橘平さん、プラモデル!プラモデルはいつがいいかしらね!?」
「へえ!?あ、あああ、うんあれか。プラモデルは別にいつでも」
葵と向日葵は不思議そうな顔で二人を見る。
「なんだプラモデルって」
「橘平さんのおじい様、プラモデル作りの達人らしいの。私プラモデルって触ったことすらないから、興味あって」
「あら、きっぺーちゃんのじいじ、モデラーなのねん。かわいい」
「かわいい?まあ、結構上手っす。コンテストで何度も賞とってて。うち、手先が器用な人多いんですよね。父親は折り紙が得意で、あ、折り紙っていうか模型の域。城とか竜とか人間とか立体的に作れるっていう…」
葵は「八神」で思い出したことがあった。
「そういや、八神さんちって工務店やってるよな」
「そうだそうだ、村の家って八神工務店がよく作ってるじゃん!」
「そうっす。じいちゃんも大工でした。工務店、今はおじさん、つまり父さんのお兄さんに譲ってて」
八神家の新たな情報に、葵は何かありそうだと考えた。
「まもりさんは手先が器用で、何でも作れる、だったよな」
「らしいっす」
「八神家はそういう血筋か。そこに何かありそうな気がするな」
「わ、確かに!少し八神家の秘密に近づけた気がする!じゃあ橘平さんも手先が器用なの?」
「いやあどうかなあ…」橘平は鼻を掻く。「器用かわかんないけど……絵は好き。俺の部屋に風景の絵があったの、覚えてる?あれ描いた」
「風景の絵?ああ写真の……絵?え?」
桜の記憶では、どこか外国の風景のような写真らしきものがあったことは覚えている。あれのことだろうか。あれだとするならば。
「もしかして、ベッドの上にあったやつ?絵?え!?あれ、きっちゃんが描いたの!?」
「はい。まあ、あの程度なんすけど」
桜はテーブルをバンと叩く。「程度じゃないよ!だって写真みたい、すごすぎ!」
あれが絵だとするなら、桜の知っている「絵」ではない。一見すると写真にしか見えないような精密な絵を、この少年が描いたことに驚きを隠せなかった。
「すごくはないよ。AIみたいっていわれちゃうし」
「それだけ緻密ってことじゃないのかしら?」
「子供のころ、細かすぎて変とか言われたしさ。それにネット観ると、あの程度いっぱいいるし」
向日葵が手を横に振る。
「いないから、すごいから!あれってどこの風景なの~?ヨーロッパ?アジア?」
「いろんな国の写真を参考に、旅行するならこんなところに行ってみたいなあ、っていう想像です。特定の場所は無くて。いままで描いた中で一番納得がいったから飾ったんです」
「ちなみに、画材はなんだ?」
「色鉛筆っす」
驚くなんてものではない。3人は色鉛筆で写真を描ける人間に出会ったことがなかった。
「…橘平さんが絵を描いてるところ、みてみたい」
それは葵と向日葵もかなり興味があった。
「描いてるとこなんて見ても、つまんないよ」恥ずかしそうに、頭をかりかり掻く。
橘平少年はべらぼうに絵が上手いことが、今、発覚した。その事実と彼の絵から、向日葵は「もしや」と思いつくことがあった。
「きっぺーちゃん、絵の具の色塗りも得意かしら?」
「得意っていうか、水彩、アクリル、油彩、ポスターカラー、日本画、一般的なやつは一通りできますよ」
「ほんとすごいな。っつーか、日本画は一般的なのか…?」
「美術の授業でやるから一般的なんじゃないっすかね」
向日葵はスマホの画面を橘平の目の前でぐいっと見せた。画面にはカラフルなネイルアートが並んでいる。
「きっぺーちゃん、これできそうだわ」
「これって…マニュキア塗るってことですか?」
「塗るのと絵を描くのと、両方!爪にも描けるでしょ、きっちゃんなら」
メイク大好き向日葵だが、マニュキアを塗るのは苦手だった。練習は重ねたが、単色塗りすら満足がいかない。大好きな派手色はムラが目立ってしまうのだ。一応、今もマニュキアを塗ってはいる。けれど、比較的ムラができず目立たないファンデーションカラー系である。
「どーなんだろ…マニュキアなんて触ったことすら…」
「絵の具と一緒よ!あんなに絵が上手くて、しかも色合いもめちゃよかった。きっちゃんならできる!」
向日葵は立ち上がり「ちょっと待ってて、家から持ってくるから!その間に塗り方動画でも見てべんきょーして!」と、つむじ風のように家に戻っていった。
◇◇◇◇◇
少年は言われたとおり、塗り方動画を検索し、視聴した。
「はいはい、意外といけそうだな」
「ほんと?」
「うん」
「じゃあ私も塗…あ、明日学校だ」
「向日葵さんので上手く行ったら、今度塗るよ」
ほどなくして、向日葵は自分のマニュキアコレクション、そしてアートに必要な道具一式を持ってきた。
橘平は道具の使い方を確認し、まずは自分の爪で単色から試した。マットなネオンカラーで、ムラができやすいタイプだ。しかし彼は、ムラなく均一で、滑らかに塗り重ねる。次にフレンチ、グラデ、細筆を使ってチェック柄…とすらすらと描いていく。
「す、すごすぎるよ、きっちゃん…」
「そっすかあ?」
絵も褒められ、ネイルも褒められ、今日は褒められ日和で、橘平は体中がむずむずした。
練習が終わり、彼女が持参した本を参考に、本番である向日葵の爪にアートを施す。白をベースに塗りその上からひまわりの絵を描いたり、ベース色を変えてラメを載せたりしていった。
その出来栄えに、向日葵は「超かんどー!!」し、桜は「今度私も塗って!」とリクエストし、葵は「本当に初めて?信じられん」と三者三様の感想を漏らした。褒められ慣れてない橘平は、首を掻いたり足の指を動かしたりと落ち着かない。
「ええ、じゃあさあ、もしかしてこーいうイラストも描けちゃう?こういうやつ」
向日葵はまたスマホの画像を示す。動物や漫画のキャラクターなどを描いたネイルだ。
「多分。好きなキャラとか教えてくれれば練習しときます」
「あとで送るわ!」
後日、橘平のもとにアニメキャラのイラストが送られてきた。