留置場での耐えられない日々
前回の勾留時もそうだったのだが、留置場ではこれといってやることがなく、
3食の弁当を食べる以外は、横になるか、ノートに何かメモをするくらいで、イベントと言えば、運動と称する野外での10分間の髭剃り、20分間の風呂が週3回、それに約1、2時間くらいの刑事の取り調べが週3回くらい、弁護士の面会が30分弱で1から2週間に1回といったところで、特に当初は新聞や本を読むこともなかったため、時間の流れが気が遠くなるくらい緩やかで長く遅く感じられた。後に同室になった長髪のおっさん曰く、
「拘置所はもっと時間が経つのが速いですよ。」
とのことだった。後でわかったことだが、その通りだった。
留置場では当初単独室だったが、起訴されるころに突然雑居に移される。
そこで痩せぎすのJと同室になる。Jは50歳で鬱病のため仕事を辞め、生保暮らしだったが、万引きをして逮捕されたとのことだった。後に別の部屋で同室になったRさんに聞いた話では、J.はホームレスで、逮捕された頃、
「髭がぼーぼーで」
J・Nに似ていたことでJと呼ばれるようになったらしい。Jは同室になると、すぐにトイレのドアの閉め方や、自分が寝る場所(つまり縄張り)を私に示した。神経質な奴だなとは思ったが、適当にあしらうことにした。
次の夜には、後に便秘になってご飯を食べなくなる変なじじーが加わる。
じじーは夜中に泣きそうな声で突然うなされたように、
「すみません。ベッドの下にあります。」
とひとりごとを言い出した。私は、
じじーは殺人を犯したのではないか
と思った。つまり、ナイフか何かがベッドの下にあるという。。。その後じじーは変な演歌を歌い出し、隣の部屋にいた気の荒い男に怒鳴られる。次の朝じじーに話を訊くと、じじーは、
「無銭乗車で逮捕された。」
とのことだった。さらに話を訊くと、これまでにも何回か逮捕されていて、方々に迷惑をかけているという。自分も人のことを言う資格はないとは言え、ろくな奴はいないと思った。前回、前々回もそうだったが、まさにカルチャーショックである。
そしてさらにその次の日には、なぜか便秘じじーが別室に移動になり、代わりに長髪のおっさんが同室に。
おっさん曰く、
「刑務所でもここでもそれぞれの部屋にはそれぞれのオキテがある。」
とのことで、おっさんも昔刑務所で2年間気の合わないじじーと同室になり、そのおかげで鬱病になったという。その他、昔の刑務所ではタバコを1日に2本吸うことができたという話も聞いた。おっさんはJとは気が合っていたが、私に対しては最初は好意的に見えたものの、次第にそうではなくなっていく。例えば、私が冷房による寒さ対策のために足首にトイレットペーパーを巻いているのを注意したりしてきた。おっさんは器物破損で逮捕されたとのことだったが不起訴となり、一週間後には釈放された。
そして入れ替わりに外国人がやってくる。
外国人は結婚をしていて幼い子供がいるが、友人の恋人に手を出し、それが理由で友人とケンカになり、殴ってしまったため逮捕されたという。2、3日前から私が留置されていた寮では、ときどきすすり泣く声が聞こえていたのだが、その犯人は彼であることが判明した。あるとき急に何の脈絡もなしに泣き出したのだ。この後どうなるのか不安でたまらないということだった。出たら祖国に帰るという。家族はバラバラでいろんな国にいるとのことだった。
その後Jは裁判で執行猶予をもらうと同時に追起訴され、さらに次の裁判まで1ヶ月半追加で勾留されることになる。
その場合、執行猶予は取り消されるのかどうか心配したが、六法を見る限り、📚併合罪(刑法第45条)になるので大丈夫のような気がする(🙏もしも弁護士の方がこれを読んでらっしゃったら、ご教示いただければ幸いです)。この辺りのことは刑事にも訊いてみたが、
「知りませんね。」とのことだった。
Jはその後2、3日ひどくふさぎ込む。Jは、
「こんなところにいたら気が狂いますよ。」とぼやく。
Jが追起訴になったことを知ったのは何日かしてからだった。彼が逮捕されてからすでに2ヶ月近く経過している。
「この時間はいったい何だったのか。。。」と彼はつぶやいた。
外国人が保釈された後、ふたりきりになった部屋で、ある夜Jがふと漏らした言葉がなぜかその後私のどこかに残ることになる。
「寝てるときはパラダイスですよ」
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留置場では他にぷーさんという40過ぎの男がいて、彼は再犯が重なり、350mlのペットボトル1本を万引きしただけだが、
恐らく今回は4年くらいの懲役になるだろうとのことだった(📚再犯:刑法第56条、📚再犯加重:刑法第57条)。ぱっと見にはとても悪いことをしそうな人間には見えなかった。
Kさんという20代前半の青年は、腕に刺青が入っていたものの、見ためにはフツーで、
「ここではみんなが家族ですから。」と言っていて、私が事情を話すと、
「最悪で懲役1年くらいでしょうね。」と教えてくれた。
さらに、留置場には暴力団の幹部もいて、
何も知らなければ、ぱっと見そこそこのイケメンで言葉使いも品も悪くない初老の男なのだが、ふとした瞬間に見せる表情が明らかにそれとわかるくらい険しくゾッとした。
Iくんは逮捕されるのは初めてで、目が澄んでいて悪人には見えなかったが、
弁当のおかずを畳の下に隠したり、トイレで水浴びをしたり、奇行が目立ち、挙動不審で精神的な部分の問題が疑われた。彼も便秘じじー同様、無線乗車で逮捕されたということだったが、初犯なのでまず間違いなく釈放になると思われた。私がいろいろと事情を話すと、示談金 + 保釈金 + α = 150万円を貸してくれるという。Iくんは不動産会社を経営していて、経営状態は悪くないらしく、
「金は返さんでええで。」と言う。しかしそれはとんでもないので、
「いや、必ず返す。」と私は約束した。
私は一気にこころが晴れかける。彼が釈放され、お金を貸してもらえればとりあえず保釈請求が可能になる。私はすごい出会いで、すごいストーリーだなと思った。人生はわからないとも思った。しかし、その後Iくんがお金を貸してくれることはなかった。
もうひとり、新たに同室になったRさんもKさんと同じく22歳で、暴力団組員ではないものの、
かなり危ない筋の人間で、その一方で、自ら会社と飲食店を経営している信じられない若者だ。しかも私の事情を知ると、出所後に、
「俺の会社で働かへんか?」と誘ってくれた。
私は出所後のことは不明だが、まずは連絡することを約束し、
「場合によっては相談させてほしい。」とお願いした。
Rさんは障害の容疑で逮捕されたが、巨額の示談金を用意し、本来なら懲役7年くらいのところだが、示談が成立しているため釈放されるとのことだった。私は、すごい話だなと思った。
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また彼はインターネットを利用した詐欺の手口に関しても詳しく、私が事情を話すと、それは
「間違いなく詐欺やで。」と指摘した。
私の中にはそれでも、それを信じたくない心理があった。そこで、桃子が白なのか黒なのか、それぞれ思い当たる理由をノートに書き出すことにした。
しかし、その後も私は彼女が白なのか黒なのか判断がつかず、揺れるこころをどうすることもできなかった。そして桃子が白と黒の間を行ったり来たりすることになる。
その頃、私は、釈放された外国人を担当していたAW弁護士宛てに手紙を送っている。
AW弁護士宛て
🔗️📖P.9『2022.8.22~』「AW弁護士宛て」