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近世百物語・第六十一夜「生き物を食べる草」

 以前、『近世百物語』第四十四夜の中に猫を食べる道について書きました。私は仔犬こいぬや小動物を食べる植物と言うものを見たことがあります。植物図鑑や資料ではそれらを見たことはありません。霊的な世界の住人なのかも知れません。図鑑に載っていない種類の生き物は霊的なものが多いです。
 生き物を食べる植物の多くはつる系の植物です。人里と山の中間くらいの場所で時々見かけました。それが、そう言う種類の植物だと分かったのは、小さな動物の骨がいくつも近くにあったからです。
 ある時、その植物を見たら仔犬が引っ掛っていました。仔犬はもう死にかけていましたが、その体に植物の根が這っていました。その時は、別に不思議に思いませんでした。夕方になって帰ろうとして、ふと、見ると、仔犬が半分ミイラ化していました。まるで血を吸われているような感じがしました。
 別な場所で、それと同じような植物を見た時は、エゾリスのような小動物が死にかけていました。そのまわりには、いくつかの死骸が散らばっていました。『近世百物語』第四十五夜にも、子供の頃、学校へ行く途中の空き地に馬の頭部があったことを書きましたが、あれも、もしかすると不思議な植物の類に食べられていたのかも知れません。
 植物の多くは動かないと思われています。しかし、長い時間の中では、移動したり戦ったりしているのです。ただ、ゆっくりと動くので分からないだけです。多くの植物は凶暴です。他の植物や動物を食い尽くしたり、虫を操って攻撃したりするのです。
 植物に宿る霊的な存在を〈精霊しょうりょう〉と呼びます。精霊せいれいではありません。精霊しょうりょうは時として人にその姿を見せて、心に働きかけを行います。能狂言などで仮面をつけているのが精霊しょうりょうです。この存在は、かなり昔から知られています。

 食べると言えば、空家を食べる種類の植物を見たことがあります。人のいなくなった建物を食べるのです。

——朽ち果てた空家には、必ずその植物が寄生して家を食いつぶす。

 と伝わりますが、これは植物と言うか自然の特性なのです。霊的な現象ではありません。
 自然の多い場所では、このようなつる系の植物が、不用になった建物を壊すことが多いようです。大阪市内でもいくつかその植物を見かけましたが、必ずダンゴムシとセットで存在します。そしてその植物のつるが覆ったまわりに葉が茂ります。すると下の暗闇に大量のダンゴムシが発生して、建物の土台を食い尽くすもののようです。ダンゴムシは食べもしないのにコンクリートをかじって破壊します。人が建てた人工的な物は、ことごとく破壊して、元の平地ひらちに戻すのです。そして新たな植物が覆い尽くしてゆきます。これらを見ていると、自然が回復する力はとても強いと感じました。

 植物の中には〈食虫植物〉と呼ばれる種類のものがあります。これは実際に存在する種類の植物で、虫を匂いで誘き寄せ、捕まえて食べてしまいます。様々な種類がいます。植物なのに虫を食べるのです。虫に寄生するキノコもあります。冬虫夏草と呼ばれています。動く生き物を、動かない生き物が食べたり寄生したりするのだから不思議な感じがします。
 これらの不思議なものと同じように、甘い匂いで小動物をおびき寄せ、そのまま食べてしまうのが補食性の植物です。補食性の植物と書きましたが、やはりその正体を知りません。どのような研究書でも、それらの植物を見つけたことはありません。しかし伝説や伝承の中にはかなり存在しています。
 人食い森とか、人食い沼とか、そう言った種類の人を食べる伝説は、何度か祖母に聞きました。また、古い文献などにも伝説として残されています。
 その中で、人を匂いで誘き寄せ、幻覚を見せて食べてしまう種類の木について、祖母に聞いたことがありました。
「あれは、とても怖しいものじゃ」
 と祖母は言っていました。
 その話によると、
「甘くて、香ばしい匂いがして、その匂いをたどって行くと、やがて知らない森に出る」
 と言っていました。
 そして、
「疲れて大きな木の下で眠ると、木に食べられて、もう帰って来れなくなる」
 と、言っていました。
 私が子供の頃の北海道は、山で遭難する人が多く、時々、人骨が見つかっては大騒ぎになることも珍しくありませんでした。わざわざそんな場所を選んで自殺しに来る人までいました。そんな人たちは、決って骨だけ残っていたようです。肉の方はどこへ行ったのでしょう。
「野生動物が食べた」
 といつも説明されますが、それを信じるほど野生動物について無知ではありません。すべての野生動物が人を食べたりするのではありません。しかも、骨になるまで食べる種類の動物は限られています。
 足跡もない場所で、しかも、ただ不気味な木とか植物が生えている場所の人骨を見ると、
——やはり、木々に食べられたのだ。
 と思いました。
 そんな場所に生えている木を何本か知っていますが、それらの木には、人の顔のようなこぶがあります。しかも怒っているような表情をしたものが多かったような気もします。
 伊勢の離れた場所にある小さな神社の御神木にも、やはり顔のような瘤がありました。この顔は、恵比寿さんのような感じで少し笑っていますので、生き物を食べたりはしないと思います。しかし、多くの木は切られる度に祟りを発生させているようです。
 祟りを生み出す木々には特徴があります。それはこぶがあることと、木全体がねじれていることです。地面の下の磁場が狂うと木が捻れます。捻れは、やがて表面が裂けて傷をつけ、傷を治す過程で瘤になります。瘤がある程度出来ると、今度は瘤の表面に亀裂が入ります。そして、傷から目に見えない悪い気を吐くようになります。この悪い気は〈はく〉の一種です。魄は地下水の中を流れ、土に留まるネガティブな魂のひとつです。これを吸った虫や獣は人に悪さをするものに変化します。もし、それが強い霊力を持った年老いた獣や虫だと、化け物に変化することもあります。
 時々、山奥でいなくなる人がいますが、それは、木に食べられているのか? それとも、黒い穴に吸い込まれているのか? さもなくば怖しい何かに連れ去られているのかも知れません。
 いずれにしろ、そのような人たちは、
「どこかで、いなくなっても、誰も心配する人がいない」
 と言う共通点があります。そして無理をして一日に何ケ所もの神社や聖地をまわり、その場所をけがしているような気がします。無理をして行くのは勝手ですが、心に余裕を持たなければ、神もその願いを聞いてはくれませんから……。

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