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近世百物語・第七十一夜「ゲーム会社の怪」

 ビデオゲームの会社へ通っていた頃、よく社内で心霊現象に遭遇することがありました。
 当時、私はゲームセンター用のゲーム機を開発する仕事をしていました。いわゆる〈ゲームクリエータ〉と言うやつです。
 会社では企画とかゲームデザインとか色々なことをしていました。人手不足だったので何でもやらされていました。それこそデザインから半田付けまで出来ることは何でもです。
 もちろん夜中までのデータ打ちは当然のこと。徹夜で作ることも珍しくはありませんでした。夜中を過ぎると過労のためか、スタッフにおかしくなる人が増えます。突然、意味もなく笑い出したり。奇妙な独り言を言ったりするのです。そんなことに段々と慣れてくると、心霊現象が起きても見分けがつかなくなります。誰もいないところから笑い声がしても、スタッフが笑っていると勘違いするのです。後で考えると、
——そう言えば、今夜はひとりだけだった。
 とかになるのですが、その時は気付きません。
 いない筈の黒い人影を見るのは、毎度のことになります。勝手にエレベータが開いたり、誰もいないトイレでノックの音がしたりもしていました。しかし、仕事の締め切りが近くて忙し過ぎると、誰も気にしません。そうなると心霊現象の方も諦めて、その内、起こらなくなります。多忙、おそるべしですね。
 開発したゲーム機はバグテストをしました。バグテストと言うのは、プログラムに間違いがないかどうかをチェックすることです。その時は開発スタッフ全員で手分けしてバグテストを行います。時には夜中から朝方まで何日も作業が続くことがありました。
 そんな時には、必ずまた誰かが心霊現象に遭遇しました。人間のバグテストをしている訳ではないのですが、色々なことが起こりました。霊力の強い人がスタッフに多かったりするのも原因かも知れません。しかし、夜中に霊的に不安定な場所で働いていることにも問題があったようです。
 ある時、
「社内の廊下を足だけで歩いているものを見た」
 と噂が立ちました。それも同時に何人も目撃したようです。
 当然、私もそれを見ました。見た場所は開発ルームの廊下側のドアの向こう側です。廊下側のドアはスリガラスになっていて、そのガラスの真ん中に横木があります。その上のガラスには人影らしきものがありませんでした。ですが、下のガラスに歩く足が見えたのです。それは普通に歩いていました。上半身が無いことを除いては、ごく自然な感じすらしました。休憩時間以外にそう頻繁に廊下を歩くスタッフもいません。開発ビルと言う性格から、外部の人は入って来ないのです。もちろん、入り口にはきちんとしたセキュリティが掛けられています。カードが無ければ入り口の自動ドアは開かないようになっています。しかし、そのビルにいるより多くの人が廊下を歩いているようでした。
 トイレの窓の外から墓場が見えました。窓の付近からいつも何かがやって来るようなので、霊的な通り道があったのかも知れません。
 足だけの霊は、その後も、時々、目撃されました。
「トイレから出て来て廊下の奥へ消える」
 と言うことなので、そこが資料室になり、やがて、人が近付かなくなりました。
 何度かトイレから見える墓場へ行ったこともあります。当時は、自転車で通勤していたので、その墓場の前を通るのです。墓場は川の堤防付近にありました。近くに大きな木があり、そこにほこらも見えました。墓場は、どのくらい古いのか知ることも出来まぜんが、かなり古いことだけは確かなようでした。そして、何度かその付近で、白い女の影や半透明の何かを目撃したことがあります。
 会社から帰る時間は真夜中でしたので、自転車くらいしか移動手段がなかったのです。そこから自転車で走って、何ケ所かの別な墓場の中を突っ切って行くのがいつもの通勤コースでした。そこでも、時々、霊現象に遭遇しました。
 さて、ゲームの会社で、夜中にバグテストをしていたある時、ゲームを操作していた女性スタッフが、
「誰かが、今、あたしの手首を掴んでいる」
 と震えながら言いました。
 誰にも手は見えていません。しかし、その人は、泣きそうになりながら、ただ、そう繰り返すのです。その瞬間、何人かが、廊下を歩く足だけの人を見ました。そして、その女性スタッフの手首に手をかざした別な人が、
「あっ、この回りだけ空間ごと冷えている」
 と、つぶやいたのです。

 また、ある時のことです。廊下に出た瞬間、廊下に奇妙なものが浮いているのを見ました。それは、まるで平べったいサカナのような雰囲気ですが、半透明で、向こう側が見えました。細い何本もの触手のようなものがついていました。それが空間を泳いでいたのです。
 最初、見た時にわが目を疑いました。それで、目を何度か擦りましたが、消えてはくれません。それは、噂に聞く、人に化け物を見せる種類の物之怪もののけのようです。
多くは、人の頭に触手を伸ばして幻覚を見せます。とても縁起の悪い種類の存在で、見ると悪いことが起きるとされています。
 主に、
「小さな火のわざわいが起きることが多い」
 と聞きます。
 それを見た日の夜、もう家に帰っていたのですが、会社から召集が掛かりました。
「当社の開発スタッフは、全員、すみやかに出社すること」
 と……。
 夜中に会社に到着すると、消防車が帰って行くのが見えました。何でもボヤがあったようです。タバコの火の不始末で私の隣の開発ルームが、
「ボヤ騒ぎになった」
 と言われました。
 それほど大きな火災にならず良かったですが、やはり、あの物之怪が関係しているような気がしました。
 物之怪の名は口にするのもはばかるような不吉なものですが、知人で、
「その名を、ネットのハンドルネームに使いたい」
 と言った人がいました。
 私は、
「不吉なので、やめた方が良い。きっと不幸なことになる」
 と注意したのですが、人の忠告を聞くような度量どりょうの広い人物ではありません。とうとう、その名を使ってしまったのです。やがて、私は、その人を〈知人〉から、ただ知っているだけの人に格下げし、二度と関わらないことにしました。
 人の忠告を聞かず自ら不幸になることを望むから、ただ、離れるだけなのです。ちなみに、自分の不幸を理解しそれを避けたい人は『不幸のすべて』をお読みください。

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