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近世百物語・第五十夜「常世春の国」

 第四夜で書いた姉のような優しい幽霊たちが、最近、夢に現れます。もう私の年令は、彼女たちの死んだ歳よりずっと上になってしまいました。あの場所に帰ると私は子供に戻るようです。いつも同じ場所、いつもと同じく暖かく迎えてくれる優しい家。たとえ幽霊屋敷であっても、時々、ふと懐かしい想いがして帰りたくなります。
 彼女たちが夢の中で語るには、
「生きている人たちが常世とこよ春の国と呼んでいる場所にいる」
 そうです。
 常世春の国あるいは〈常世の国〉は、古代日本社会での死人しびとの国の別名です。不老不死の国をも意味しています。また、常世春と呼ばれる国は、子供たちが神隠しにあった時に行く場所でもあって、永遠に春のままの暖かい場所でもあるそうです。
 私が暖かさにこだわるのは、一年の半分が冬の厳寒の雪国で生まれ育ったからなのかも知れません。冬は嫌いです。寒いのも好きではありません。冬はすべてが死に絶える季節だと思っています。色々な死に方がありますが、寒い雪の中で凍死するのだけは嫌です。
 いくつかの伝説と伝承と、姉たちの言葉を組み合わせて考えると、春の国は常世とこよ冬の国の吹雪の中心にあって、桜の花が咲きほこり、永遠の春に満ち溢れた場所のようです。天国とは、そのような場所を意味するのかも知れません。年中暖かい天国は素敵な場所ですね。
 常世冬の国は永遠に吹雪のままです。すべてが凍りつく地獄の場所。開拓当時の北海道の真冬が、ずっと続いているような場所です。ここには住みたくありません。私の先祖は、この常世冬の国に向かい、冬の海に船を出しました。
 吹雪の中心に春を探しに行ったのでしょうか?
 そして、春を見つけたのでしょうか?
 いずれにしろ命がけの旅であり、一族の多くが旅の途中で命を落としました。もしかすると、あの姉たちは、常世春の国をみつけた先祖たちなのかも知れません。
 その幽霊の姉たちから、夢の中で電話がかかって来たこともあります。
 電話に出ると、
「こっちへ、おいでよ」
 と聞こえ、それから笑い声がしました。
「誰?」
 と尋ねると、また、笑い声が聞こえます。
 そして、
「あたし」
 とだけ聞こえました。
 その声を聞いてハッキリと分かりました。幽霊の姉の声です。その言葉から推測すると、姉たちは、毎日、同じ日を繰り返しているようです。
 夢の中で姉たちに、
「やがて、どうなるの?」
 と尋ねたことがあります。
「いつか、どこかで生まれ変われたら良いんだけど……」
 と言って笑っているだけでした。
 私の中では、この幼い頃の記憶がトラウマのようになっているらしく、命のはかない年上の女性を見ると、姉のように感じることがありました。その人の命の儚さを嗅ぎ分けてしまうようで、何だか死神の気分でした。姉のように慕った女性は皆、二十代で死んでゆきました。
 短命な女性は、ある種の顔の作りと名に関係性があるような気もします。その全員が病弱な訳ではありません。
 突然、事故で死ぬ人も多いのです。事故で死ぬ人の〈死に方〉を知るのは辛い出来事のひとつです。私は、自分や家族の安全のため、事故死する運命を持つ人々を自然に嗅ぎ分けてしまいます。それは〈死相しそう〉と呼ばれています。死相が出ている人が多い場所からは、ただちに移動します。

 ある時、電車の中で、死相が出ている人を多く見ました。どの人の顔にも死相が漂っています。皆、うつむいて、陰気な印象がありました。
 これは、
——その電車が事故を起こして、みんな死ぬ。
 と言った単純な出来事ではありません。
 未来が悲惨な死に向かって行くことを意味していたのです。そんな時は、すぐに立ち止まって、あるいは休憩するような場所へ行き、流れを変更する必要があります。
 たくさんの死相を見たのにそのままにしておくと、自分の存在が悲惨な死を引き起こすかも知れません。死相とはそう言うものです。場所と、そこにいる人々と、自分との組み合わせが引き起こす現象なのです。
 ほとんどの霊現象は、場所・時期・時間・天候と、そして、そこにいる観察者との組み合わせによって起こります。どれかひとつでも要素が違っていれば、霊現象は起こらないのです。だから再現性がないのです。

 ある時期、知人が死ぬことに慣れてしまって、何も感じないことがありました。葬儀には、前にも書いたように出席しません。それは、死んだ直後に別れの挨拶をして来る人も少なくないからです。
 夢の中で、別れの挨拶をしに来る人は、まだ良いのですが、現実で別れの挨拶をしに来る人は少し嫌かも知れません。と言うのは、突然、亡霊のようなものになって目の前にやって来るからです。
 よくある話ですが、世の中には、
「死んだ人には、もう、会うことも出来ない」
 と言う類の悲しげなお話が多いです。しかし、そこいらを亡くなった人がウロウロしているのを見ている日常では、彼らの存在はただ陰気で面倒なだけです。鬱陶うっとおしいのです。
 時々、
「お願いだから、見えている人に安易に頼らないで欲しい」
 と思う訳です。ただの感想ですが……。
 そのような霊的なものに出会うと、反射的に祓ってしまいます。それが誰だか分からない内に驚いて祓ってしまったことも少なくありません。これではお別れどころか、気づかないままどこかへ行ってしまいます。
 時々、
——突然、祓われてしまったものは、いったい、どこへ行くのだろう?
 と思います。
 意識して祓った場合は、行くところが決まっています。多くは、せいぜい20メートル以内のどこかに移動します。
 どんなに怖ろしいものでも、移動してしまえば良いものに変化するので問題はありません。
 意識せずに、突然、祓ってしまったものの行き場所を私は知りません。近くに移動したような感じがしないので、たぶん、どこか別な世界に行くのだと思います。その行き所を調査することも、ましてや、知ろうと言う意識すら、私にはないのですから……。

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