近世百物語・第八十七夜「霊道」
死んだ人々の霊の通り道を〈霊道〉と呼びます。霊道が、人家のない森や山奥にあった頃は良かったですが、最近はそのような自然な地域が開発され、山奥ですら人家が出来つつあります。住めば、当然、家の中を霊道が通ることになります。
マンションなどの賃貸に霊道がある場合は引っ越せば済みます。しかし、購入した時は難しくなります。住む人は一生懸命頑張ってお金を貯めて夢のマイホームに住むのです。しかし、霊道の通っている家を買った人の現実は、まるで悪夢のようです。
時々、
——どうして一生をかけて家族が不幸になるような家を買い求めるのだろう?
と不思議に思うことがあります。それほど多くの人が不幸を買っているのです。
それも、ただ単に、
——安かったから。
と言う単純な理由でです。これこそ安物買いの銭失いを地で行ったようなお話しです。信じなくても構いませんが、影響を受けてしまうので厄は避けられません。
時々、霊道に住む人から相談を受けます。この手の相談が多いと言うより、大半はこれです。
ある時は、
「霊なんか、非科学的なものは絶対に信じない」
と言っていた知人が、たまたま引っ越した先に霊道があり、毎晩、怖ろしい心霊現象に悩まされる結果となりました。
その人は体験から、
「自分の考え方そのものに根拠がなかった」
と思うようになり亡霊を怖れるようになりました。その頃、少しだけ相談されたので告げました。
「引っ越すしかありません」
その後、引っ越したようです。
また、ある時は、こちらの知人も、
「幽霊はいない」
と断言していたのですが、たまたま夜中に歩いていた場所が霊の通り道だったようです。その時、大量の亡霊たちに遭遇しました。しばらく、おかしくなって入院していました。
少し回復してからは、
「あちらこちらに幽霊が見える」
と言って、過剰な反応をしては怖れていました。前は完全に霊的な世界を否定しきっていたのに、これほどまでに怖れるなんて、とても奇妙な感じがしました。
多くの霊的な世界を否定する人たちは、ただ怖ろしいから信じないようにしているだけのように見えます。
別なある知人も、
「絶対に幽霊などいないし、そんなものは信じるに値しない」
と言っていましたが、やはり見てしまってからは少しおかしくなりました。
私も、亡霊を目撃した現場にいました。ただおとなしそうな半透明のおばぁさんがベンチに座っていたのを見ただけなのですが……。
半透明の老婆がいたからと言って、私にとっては知らない人に挨拶された程度の驚きでしかありません。さして驚くに値しないことで人生そのものが変化するのですから、とても不思議でなりませんでした。
——まったく、はじめて見た人は怖れすぎだよなぁ。
と思いました。
また、ある時は、家の中そのものに霊道がある人の相談を受けました。建物は二階建ての一軒屋で、近所の家はほとんどが事故や出火で不幸続きでした。頼まれた家は一軒だけなので、他の家のことなど知りません。ただ適切に指示をして家の祓いをしただけです。それから疎遠になってしまったので、その後、どうなったのかは知りません。ただ、時々、その地域の事故や事件を耳にするたびに、
——不幸な場所に好んで住むべきではないな。
と思うのみです。
引越す時の家を選ぶ基準は、まずは日当たりです。これは天気がどうこうと言う意味ではなく、日当たりの良い家は霊的な厄から基本的に守られているからです。
湿気が多く陰気な雰囲気で、しかも黴が多い場所は厄も多いです。
ただし、黴が多くても窓が開かれていて風が通る場所は良い場所です。そして何よりも見なければならないのは、地域に住む人々の動きです。
もし、違法駐車やゴミなどが多い地域なら、治安が悪いと言う意味になります。治安が悪いと言うことは、基本的に厄が多いと言うことなので注意してください。
また、地図を見て近くに墓場がないことを確認してください。山と墓場の間、あるいは川や沼と墓場の間に霊道が通る場合が少なからずあります。霊道を避け、そこから来る厄を避けるためには注意が必要です。
神社の参道を横切った道も良い場所ではありません。昼間の神社は良い場所です。しかし、深夜の神社に霊道が走ることがあります。
鍵形になった道は、たとえ霊道が走っていなかったとしても悪い霊が迷いやすく、溜まりやすいので注意してください。そのような道の付近に建つ家の住人はトラブルをかかえている場合が多いです。これは気の塞ぎから来る厄です。この〈気の塞ぎ〉は鬱の病を導きやすい傾向を持ちます。これについては不幸のすべて・第八十四話の中で説明しています。そちらをご参考に……。
また、ある時は、これは子供の頃の話ですが、実家の近くに新築の家が建ちました。元々そこは良くない土地と噂されていました。子供心にその噂を耳にしては、
——何が、どう良くない土地なのだろう?
と思っていました。
そこは長年、空き地で、しばらく馬が放牧されていました。近世百物語・第四十五夜にも書いている小学校の通学路に馬の骸骨が落ちていた場所です。
立派な家が建ったのに、しばらく空家のままでした。
何でも、
——土地を買って家を建てた家族が行方不明になった。
と言うことでした。新築の家に引っ越す前から、すでに怖ろしい厄に見舞われていたようです。
それから何年かして別な家族がその土地と家を買ったようです。やはり、その家族も離婚してバラバラになりました。私の実家も、しばらくしてその地域から引っ越しました。
中学校を卒業した日、前に住んでいた家の近くを懐かしんで歩いていました。その家の前に来た時、柵に囲まれて〈売り地〉の看板がかかっていました。建物も見た感じはお化け屋敷のような雰囲気でした。近所の人に会ったので家のことを訪ねると、
「あぁ、詳しいことは分からないが、あの家で自殺した人があったようだ。それで今は空家だが、なかなか買い手がつかないらしい」
と言っていました。
近所の幼な友達を見かけたので、その子に聞くと、
「今はあの家もお化け屋敷になってしまったよ」
と笑っていました。
ここには霊道が走っています。それで厄が続いたのだと思います。それを私は、かなり以前から知っていました。なぜならば、その家の道路をはさんだ向かい側に近世百物語・第四夜で紹介した遊びに行った幽霊の姉たちの家があったからです。その頃、あの家はすでに空き地になっていましたが……。
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