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近世百物語・第六十四夜「狐憑き」

 時々、いわゆる〈狐憑きつねつき〉を落として欲しいと頼まれることがあります。狐憑きを祓うことを〈落とす〉と言います。
 狐憑きは実際はただの精神的なものである場合が多く、本当の狐憑きは稀にしかありません。

 霊的な狐には概ね二種あります。
 大別すると〈善狐ぜんこ〉と〈野狐やこ〉と呼ばれるものです。
 善狐には六つの種別があります。
 金狐きんこ銀狐ぎんこ白狐びゃっこ黒狐こっこ天狐てんこと、そして空狐くうこです。
 金狐・銀狐は日月の化身で〈ダキニ〉とも呼ばれています。
 白狐は、別名を〈神狐しんこ〉と言います。
 神狐は神の眷属ですので、

——良く人を導き、あるいは術を与える。

 と伝わります。いわゆる稲荷明神、お稲荷さんなんかはこれです。
 黒狐は〈北辰の化身〉と言われていて、北方を守護していると伝わります。
 また、翼があって天翔あまかける狐がいて、これを〈天狐てんこ〉と呼びますが、これは天狗の一種です。しかし、すべての天狗が〈天狐〉ではありません。また、天狗の別名を〈アマツキツネ〉とも言います。
 狐は人に憑依した時、その体を隠すものだそうです。しかし最初から体を持たない、純粋に霊的な狐もいます。これを〈空狐〉と呼びます。空狐はとても博学ですので、人に見知らぬ知恵を与えることが多いようです。

 霊的なたちの悪い狐は〈野狐やこ〉と〈尾裂おさき〉と〈くだ〉の三種類です。質の悪い狐と言うのは、人に憑依したり、たぶらかしたり、様々な悪いことをします。
 くだは人に使役されては世にわざわいを行う種類の狐です。狐憑きの家系などは主にこの管使いの家系です。
 尾裂には〈山尾裂やまおさき〉と〈里尾裂さとおさき〉の二種類があります。
 尾裂の祖は〈九尾の狐〉です。これは吉備の大臣おおきみが、それを制御する術と共にわが国に連れて来た化け物です。
 山尾裂は人にかないものですが、里尾裂は人に憑いては厄をなす種類の低級な悪霊です。しかし、良く人に憑いて厄をなすのは野狐です。

——野狐が人を騙す時は、髑髏どくろこうべにいだいて修行する。

 と伝わります。良く人を騙すのもこの野狐です。われわれの殆どの狐憑きとの戦いは野狐との戦いです。
 何度か狐憑きの本物と戦ったことがありますが、私がまだ若い頃はなかなか手強いものでした。最近はどぉと言うこともありません。修行をしていた頃は厄介な狐憑きに悩まされたものです。
 たまにですが、天狐が人に憑くこともあります。それは、とても落すのが難しいものです。人の言うことを先に悟って常に裏をかくような言動に出ます。
 白狐が憑く時も、これと同じですが、その時は、

——狐のまごつくことを良く考えて行うべし。

 と伝わります。
 そして、 

——すべて、なに狐によらず、はじめよりりきみ心をとめて、平らけく安らけく、実意を持ちて交わる心がけを持ちて、理詰りづめにするを良しとす。

 と伝わります。
 狐に対して声をあらげたり、怒ったりしても、その姿を現して逃げるだけです。そのような時は、後でその人に帰って来て、厄をなすことが多いのです。常に感情的にならず、冷静に対応するのを良しとしています。
 また、狐をあざむいて、器物などに封じ込めて落とすこともあります。これは技術的なもので色々な種類があります。
 狐が人に憑いた時は、

——狐は、その体をば狐穴に置きて、魂のみ人に入れるものなれど、一昼夜に三度みたびづつ、その体を隠したる穴に帰らねば、体、腐る故、人の体よりいづるものなり。

 と伝わります。
 その時に、憑かれた人は、少し正気に戻ることがあるそうてす。この時を見はからって、大祓おおはらい祝詞のりとなどを使って防ぎの祈りを行います。
 稲荷明神などの狐を神として祀った時は、

——狐は何事にもよらず狸を嫌うさがゆえ、近くに狸のほこらなきよう心がけること肝要なり。

 と伝わります。

——もし、祠ある時は、くしき狐火にて焼かるることあり。

 と、伝わりますので狸の近くに祀らないように注意します。これは地域を丹念に調査して、特に古い資料を見て昔の祠の位置を探します。
 野狐落しには大祓も使いますが、基本的な祭文は、

——年をて、身をさまたぐる荒御魂あらみたま、今は離れて元津社もとつやしろへ。

 の後、

——早馳風はやちかぜの神、取りなし給えを三度唱える。

 とあります。
 また、

——物之怪を引き離してぞ梓弓あずさゆみ、引き取り給え、今日の聞き神と唱え、弓のつる三度みたび、弾くもあり。

 と技法が伝わります。九尾の狐退治の時から、弓の弦を鳴らすことで祓うのが一般的な祓い方です(九尾の狐退治のことについては、御伽怪談第一集・第三話「当たり前だの」の中にも詳しく書いています)。
 いづれにしろ、すみやかに効き目ある時以外は、とても厄介な代物しろものです。
 以前、狐憑きと戦った時は、こちらがしようと思ったことを先に言われてしまって焦りました。また、空間に火柱が立ったのを見た経験もあります。ですが、出来れば狐憑きなど相手にしたくないものです。それはこちの命が掛かって来る割には、得るものもあまりないものですから……。なお、詳しいことは『妖怪学講座・怪しい世界の住人〈狐〉』に書きますので、そちらを参考にしてください。

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