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近世百物語・第八十二夜「人の後ろに見えたもの」
子供の頃、人の後ろに別な人が見えていました。生まれた時から、十五、六歳の頃まで見えていましたが、とても嫌でした。いつでも、見えている訳ではありません。時々、怖ろしいものも見えてました。
大人になってからは、集中しなければ見えなくなりました。大人になることによって力を失ったのではなく、修行してコントロールする手段を学んだからです。子供の頃は、とにかく自然にそれらを見ていました。
ある時、歯医者の待合室で他の患者さんの後ろに半透明のお婆さんを見ました。ニコニコしていたので別に怖くはありませんでした。しかし、患者さんが外に出ると、近くにいた野良犬が、突然、吠え出したのです。すると、後ろにいた半透明のお婆さんは怖い顔で犬を睨みました。犬は驚いてキャンキャン鳴きながら逃げてゆきました。患者さんは、自分に吠えかかって来た筈の犬が逃げたので、不思議そうに頭を傾げていました。
私はその時、半透明のお婆さんと目が合いました。すると、手を振って挨拶してくれました。
また、ある時のことです。曾祖母が入院していたのでお見舞いにゆきました。私はまだ六歳くらいだったと思います。曾祖母は、その時にすでに百歳を越えていましたので、先は長くはありません。
父方の曾祖母と、母方の曽々祖父は、いずれも私が六歳前後で亡くなりました。そしてふたりは、やはり、いずれも百歳を超えていました。
曽々祖父は、いくつなのか本人も分からないほど高齢でした。
曾祖母の方は平家の落ち武者の子孫で、若い頃、富山から移民してきたそうです。富山の古い子守唄をいつも聞かせてくれました。五箇山の白山神社から蝦夷へ移民したそうです。その頃の思い出を、時々、語ってくれました。
曾祖母の見舞いに行くと、曾祖母の影が薄いような気がしました。そして、ベッドの近くにハッキリとした姿の知らない老人が見えたのです。
曾祖母もすでに老人でしたが、この時に見たのはお爺さんです。後でその老人が曾祖母の夫、つまりは私の曽祖父だったことを知りました。
しかし、その時は、
——曾祖母は死ぬ時期が近いな。だってお迎えが来ているから……。
としか思いませんでした。
人の後ろに何かを見たからと言って、別にどうこう言うこともありません。ただ何となく不思議な気がするだけです。しかし、時々、どうしても後ろに何も見えない種類の人たちがいました。それが亡霊や化け物の類だと知ったのは、すいぶん大きくなってからのことです。
小さい時は、亡霊かどうかより、怖い姿をしているかどうかが判断の基準でした。
人の後ろに見えているものは、ほとんどが半透明でした。稀にクッキリと見える場合もありました。そんな時は、本体である人間の方の影が少し薄い感じがしました。入れ替わるのか、それともその人が死ぬのかは分かりません。ただ、そう言うのも含めて、普段の日常の光景に過ぎなかったのです。
祖母は、私が子供の頃から、
「見えたものを言うと人には理解出来ない場合が多い。それは身内であっても同じことじゃで、けして言わぬように……」
と言っていました。
高校生の時に、叔父にそのことを聞かれました。
——叔父は祖母の息子でもあり、少しは分かるのだろう。
と思い、見えるものを口にしましたが、理解することもなく、ただ、怖れて不気味がっていました。
——言うんじゃなかった。
と後悔しました。
祖母もそれを知っていたのでしょう。祖母の兄弟姉妹や、直接の息子や娘であっても一言も言わなかったようです。
祖母は、人から〈化け物〉と言われることをとても嫌っていました。
私も幼い頃は気にしていましたが、今は別に気にしていません。
祖母は、人から化け物扱いを受けないように、ごく普通に見える振舞い方を私に厳しく教えました。しかし、見えているものや知っていることを消し去ることは出来ません。時々、それらを口にしては、人に不気味がられることもありました。
特に子供の頃は、近くの大人たちに、不気味な子供として扱われていました。それが、私が幼い頃から、人間嫌いだったことの根源だと思います。最近はそれほどひどく人を嫌わなくなりました。
ある時、夜中に鏡を見てしまった瞬間、自分の後ろに化け物の姿を見たことがありました。これは何度か見ていますが、毎回、同じものではありません。怖ろしい姿の場合もあれば、優しい表情をしているものを見ることもあります。
祖母に聞いた時、
「お前を守ってくれているものじゃ」
と答えてくれました。
しかし、ひとつだけ不思議なことがありました。祖母の後ろに何かいるのを一度も見たことがありません。
祖母の話によると、
「後ろに誰もいないのは、それ自身が亡霊か化け物の類だからだ」
と言っていました。
祖母に向かって、
「では、お婆さまは化け物ですか?」
とは聞けなかったので、理由は分かりませんでした。だから、祖母は化け物呼ばわりされることを極端に嫌っていたのかも知れません。祖母を夜中に訪ねて来る人の多くも、化け物だったかも知れませんが……。
そう言えば、これも子供の頃のある時のことです。ふと、振り向くと、私の後ろに何百人もの半透明の人々が、ずっとつながるように行列していたのを見たことがあります。その時は夕暮れくらいの時間で、あたりに人はいませんでした。人の気配もない森を道に迷って歩いていたのです。
その時に見た人々は、遠くに行くに従って服装が古くなっていました。
「それは、祖先や先人たちとの長い長いつながりを見たんじゃ」
と祖母が言っていました。
われわれ播磨陰陽師は、特にこのつながりを大切にします。祖先や先輩や師匠の師匠と言った、長い長いつながりが、われわれの術を助けてくれるのです。
そして、不思議に思えるほど強力な祓い清めの技は、私自身の力ではありません。それらは、皆、祖先や先人たちとのつながりによって可能となるのです。ですので、われわれは特に口伝を大切にします。文章で伝えた物事も肝心な部分は口伝で伝えます。それが祖先や先人たちとの長い長いつながりを確実なものにするのですから……。
* * *