近世百物語・第八十四夜「結界」
世の中には目に見えない壁があります。多くは〈結界〉と呼ばれています。結界は透明の壁のような感じがする場合が多く、私も何度か遭遇しました。
ある時、山奥で転びそうになって手をついた時、途中の空間で手が止まったことがあります。ガラスのように透明な目に見えない壁のような物に、手が当たったようでした。その空間を良く見ても、ガラスは見えませんでした。風は流れているようでした。
小石を摘み壁にぶつけたのですが、小石は何もなかったかのように向こう側に落ちました。試しに、もう一度、手を伸ばすと、やはり手の先が壁にあたります。とうとうその先へは、どうしても行くことが出来ませんでした。
そのことを祖母に聞いた時、
「それは結界と言うもんじゃ」
と教えられました。
結界には、人の侵入を禁じるもの、他の生き物の侵入を禁じるもの、物体の侵入を禁じるもの、そして、足止めの結界などがあります。種類は様々あります。そして結界の張り方や解き方にも様々な技法があるのです。
ある時、霊山に登っていたら、
「ここから先に結界がある」
と、案内してくれた人が言いました。
そして、
「結界の中に入る」
と言って、祈りながら歩いてゆくので、そのまま後ろからついてゆきました。
すると何やら空気の層が弾力を持っているような感覚におそわれました。その中に入ると、ぼわーっとした厚みの中に入ったような気がしました。
その時、
——これが結界に入った感じか……。
と思いました。
また、ある時は、四国の山の神社へ行こうとして、どうにも身動きが取れなくなりました。お腹も痛くなるし吐き気もします。冷や汗も出て、突然の体調不良に、
——これは敵対する結界に近づいた時の感じだ。
と思いました。
友人たちが神社へいったので、携帯で写真を撮ってきてもらいました。すると、注|連縄に刀が刺さっていました。
それを見て、
——これは播磨者に対するある種の結界だな。
と思いました。と言うのは、子供の頃に祖母が、
「わしらには昔から敵対する勢力がある。その者たちが張った結界には、けして近づくな」
と言われていたからです。
その時、
「近づくと、どうなるの?」
と尋ねると、
「そうさなぁ、まず腹を壊す。そして、近づけば近づくほど冷や汗が出て、歩くことも退くことも困難になるかな。これは忌部の系統の術じゃが、まず四国にでもゆかない限り出会うことはないだろう」
と笑っていました。
私が、結界らしきものに近づけなくなったのは、その四国の神社での出来事でした。
また、ある時は、自分の部屋に結界を張り、白い手の厄から逃れたことがあります。これは近世百物語・第八夜に詳しく書いています。
余談ですが、私のセミナーの時には四方結界や、窓や扉等などの結界霊符を売ることがあります。
これはなかなか好評で、
「嫌なものが家に入って来なくなりました」
などのご意見が、多数、よせられています。
霊符を使う種類の結界もありますが、私は霊符を使わない種類の結界も、時々、使います。
また、逆の結界のようなものもあるようです。これは、私の経験ではありませんが、ある時、友人が南米の遺跡を歩いていました。
その時、バランスを崩して倒れそうになり、遺跡の石の壁に手をついたそうです。しかし、目に見えている筈の壁に手ごたえがなく、そのまま手が壁の中に入っていったそうです。
その友人は、
「もしあのまま壁の中に入ったら、もう帰ってこれなくなるような気がした」
と、その時の感想を言っていました。
また、ある時は、結界霊符の張ってある場所をわざわざ無視して中に入りました。子供の頃の私にはそう言ったものに挑む傾向がありました。修行の成果を実地で体験したかったのです。その霊符には〈禁足〉の字が書かれていました。まだ私は子供でしたが、とても弱い結界でしたので、
——これでは意味がないな。
と思い、その結界に入りました。術的には、とても単純なもので、霊的にも同じく低級な種類のものでしたので、
——これで結界を張ったと思っているなら、その人は、ずいぶん修行が出来ていないものだ。
と思いました。結界に入ったところで、どうと言うこともありませんでしたが、ただその結界霊符が勝手に剥がれていったのを良く覚えています。見ていると、まるで謝るかのように上半分だけ剥がれて、お辞儀をするように落ちてゆきました。
また、ある時は、お地蔵さんが結界の役目をしているのを目撃しました。
それは、たぶん、
——道祖神であったものが、お地蔵さんに、とって代わられたものだ。
と思いました。
この類はよくあります。
宗像三女神の内の市杵島姫の命を祭る種類の結界です。これは町の境界を表すものです。これらには〈くなとの神〉とか〈道の塞えの神〉とか、〈たむけの神〉とか、色々な種類があります。しかし、これらはすべて〈市杵島姫の命〉の管轄のようです。
そう言えば、大阪の南のある区と別な区の境界あたりを妻と歩いていると、突然、空気が変わる場所に気づきました。
妻も気づいたようですので、
——誰が通っても、その空気の変化を感じることが出来るのでは……。
と思いました。
その時、
——これもある種の結界なのかな。
と思いました。
そして、
——人は無意識で目に見えない結界の制御を受けながら生きているのかも知れない。
と、その時に思いました。
それから何度か、結界内に入ったことがありますが、上記の例以外に強い結界に出会ったことはありません。ですので、それほど強い結界は、思ったほど多くないのかも知れません。
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