近世百物語・第六十三夜「あれこれの心霊写真」
世の中には〈心霊写真〉と呼ばれるものがあります。その多くは錯覚ですが、中には錯覚とは言いがたいものもあります。自分で心霊写真を撮ることは少ないですが、職業柄、心霊写真の判定やお祓いを頼まれることが多いです。
『怖い話のウラ話』第10話にも書きましたが、心霊写真は自動プリント・マシンが発明されてから世の中に増えました。それまでは写真屋さんが手作業で現像していましたので、奇妙な写真はおおぴらに現像されることはありませんでした。失敗した写真として捨てられていたのです。
ポラロイド写真も心霊写真が増えた原因のひとつとなりました。特に念写はもっともポラロイドの出番でした。それらのこともあり、世の中は心霊写真特集ばかり載せた雑誌が発行される時代を迎えました。ちょうどテレビでは『あなたの知らない世界』がはじまり、何やらスペシャルでも多くの心霊特集が放送されました。元ネタのほとんどは、失敗した写真や、幽霊を見たと称するヨタ話でした。しかし、正しく判別出来る人がおらず、何もかも心霊現象として放送されてしまったため、世の中は一気に心霊ブームに突入しました。心霊ブームは廃れては流行り、また、廃れては流行ります。何度もブームがやってきます。
心霊写真に良くあるスカイ・フイッシュは古語にはありません。これは未だその存在を知られていない霊現象か、さもなくば、それ自体、霊現象ではないのです。しかし、時々、スカイ・フイッシュの写真を持ち込む人がいます。あれは虫の一種が1/60秒のシャッター・スピードの中で撮影されたものでしかありません。霊現象ではないのです。錯覚ではありませんが、そもそも霊的なものですらありません。
オーブと呼ばれるものも錯覚が多いです。オーブのすべてが錯覚ではありませんが、私が見たオーブの写真の九割が錯覚でした。オーブの多くは湿度が多い場所でフラッシュが乱反射して写るものです。
稀に本物らしきものもありますが、これは古くから〈木霊〉と呼ばれている現象です。木霊の写真には顔があります。
そこにはない筈の顔のようなものが写った写真も色々と見ました。多くはシミュラクラ現象です。シミュラクラ現象は、自然の中に発生した顔のような配列を、顔として誤認識するものです。鑑定した心霊写真の中には、まるでマンガの絵のような骸骨の写真もありました。シミュラクラ現象の心霊写真を持って来る人の多くには、物事を勘違いしやすい傾向があります。つまり、ただの勘違いに恐怖して助けを求めて来るのです。冷静であればそのような物を気にする必要もないレベルです。
手足が消えたり、あるいは多かったりする写真もかなりの量を見ました。これには様々な理由があります。磁気とか重力が狂っている場所では、そのような写真が写りやすいです。と言うのは、そのような場所では光が曲がる現象が置きやすいからです。一瞬、一瞬は、自然の現象の中で様々な出来事が起きています。人の目はそれらを補正しながら見ているのです。人間の視覚は8分の1秒より速いものを捉えられません。それより速い物事を認識出来ないのです。しかし、カメラは60分の1秒より短い世界を写しています。写真が現実を写していても、人にはその現実は認識出来ないのです。
これは、たとえば、自分の声を録音したテープを聞くと妙な感じがするのに似ています。また、たくさんの人が話している場所で録音した音は、自分が聞いたものと違って聞こえる現象にも似ています。
人は現実を、
——現実そのままの姿で見てはいない。
と言うことです。
そして、記憶と違う現実を見た時に驚いて不安になるだけです。しかし、どう見ても心霊写真としか呼びようのない写真を、私はいくつか見たことがあります。
ある時に見た心霊写真は、湖の中央に人が立っているものでした。その写真では、ただ、普通に男が立っていました。少し向こうを見ているような姿勢ですが、水面に立っていたのです。
しかも、その写真が撮られた時、
「湖の上には誰もいなかった」
と、撮影した本人が言っていました。
多くの場合は、ただ忘れているだけなのですが、この写真が問題なのは、見るたびに男の姿勢が変わって行くような気がすることです。次第に、こちらを向いて来るような気さえします。
写真もネガも、撮影した本人が置いて行ったので、私のところにしかその写真はありません。時々、思い出しては見ていたのですが、やはり、写真の中の男がこちらを見ようとしているようです。もう少しで顔がこちらを向くようになったので、あわてて祓って焼却しました。動かない筈の写真の中の人物が、見るたびに動いているのです。それらの心霊写真が、どのような厄を世の中にもたらすのか、私は熟知しています。だからコレクションする気にはなれませんでした。
夢で神の像を見て何日かして、その像と同じ物が写った写真を見せられたことがありました。夢で見たことと、その写真を持ち込んだ人と、その写真に写っている人物には、何の関係性もありません。しかし、私が見た物と同じ物が、その写真の中に写り込んでいたのです。写真は普通のスナップ写真でした。写真の上に二重写しのように神らしき像が二体写り込んでいたのです。
普通なら、後に記憶したものと混乱して、
「以前、夢に見たような気がする」
と言った記憶にスリ変わるのですが、私の場合は違っています。
私は、夢で見た物を、正確に記憶する技法を持っていて、そして、それらを訓練しているのです。ですので、錯覚が起きる余地もありません。しかし、その神像は確実に他人の撮影した写真の中に姿を残したのです。
また、ある時は私自身を撮影した写真の中に奇妙なものが写ったことがあります。それは友人が撮影してくれた物ですが、私の額あたりから白い光が空に向かって伸びているのです。
それから、私自身が自分の顔を写したポラロイド写真の中に奇妙なものが写っていることもありました。ただ念写の実験をしただけなのですが、顔の右側半分だけがブレて消えかけていました。別にカメラの調子とか、撮影時のトラブルとかではありません。私はそう言うことにはとても慎重な方です。しかし、別にそのような写真が撮れたからと言って、どぉと言うこともありませんでした。ただ近くにいた人たちは、その頃、頻繁に、
「幽霊を見た」
と言っていましたが……。
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