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焚火をしながら。

柴田元幸翻訳叢書:ジャック・ロンドン『火を熾す』スイッチパブリッシング

 昨今のコロナ禍ということもあり、ここのところで焚火をすることがマイブームになっている。休みになると近く海辺のデイキャンプ場へ、妻と出かけるようになった。ホームセンターで広葉樹の薪を買い、浜辺で乾燥してよく燃える流木を拾いスノーピークの焚火台で火を熾し、コーヒーを淹れたり簡単なアウトドア飯を作ったりして愉しんでいる。ただ揺らめく火を見つめているだけでも、これ以上はないほどに気持ちが落ち着き、また意識が覚醒していくような気がする。焚火のお手本は、アウトドアアドバイザーの寒川一氏の本。寒川氏の火熾しは、まるで茶道のようであり、自然を相手にした儀礼のようでもある。無駄がなくシンプル。そんな寒川さんが焚火を愉しむうえで参考になる小説として本書を上げていた。

 本書は翻訳者、柴田元幸によるロンドンの短編を集めた叢書。訳者によると、収められた9つの短編は、ロンドンの作風の多様性が伝わるようなセレクトをしたとのこと。というわけで、内容もロンドンではお馴染みの、極北地におけるサバイバルであったり、革命とボクシングだったり、ハワイの民話、SF科学小説(星新一風?)、戦争の風景から、狼男のようなモンスター男が出てくる奇想天外話など、バラエティーに富んだ内容で、小説の原点というか、その面白さを堪能できる。

 私が特に好きなのは、やはり『火を熾す』、『生の掟』『生への執着』だ。どれもが極北の地にてのサバイバル。その厳しい環境のなかで寒さと飢えで苦しみながらその生の火を燃やし続ける男たちの姿。一つの火を熾すだけでも命を繋ぐ。自然の残酷さ、その掟、生きることへの執着、どれをとっても大きな悠久の時間のなかで生が輝く。このどこへの行けないコロナ禍。ともすれば自宅へ籠りきりの日々。その対極の世界。アウトドア好きが、ヘミングウェイの『二つの心臓の大きな川』がバイブルなように、
本書も焚火好きのバイブルになることは間違いない。
 余談だが、ボクシングについての短編『メキシコ人』『一枚のステーキ』もすこぶる面白い。

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