光の感じ方と活かし方 その3

「光」を見つけ、これはなくならない存在、とわかり、どんな時にも「照らす」事を役割と出来る事で納得を得ました。
何かをしなくてはいけない、そんな強迫観念がありましたが、大抵の仕事は何かと何かは衝突して勝ち負けが生まれます。しかし、照らす役割はぶつかりません。もし、相手もこちらを照らしたのならどうなるでしょう。光と光は衝突せず、通り抜けるはずです。

負けなければいい、私の価値観はそれを目指しています。そして、さらに言えば、負けも気にならないようになりたい、と思っています。相手が負ける姿も見たくないのです。

照らす役割は当人だけで完結するものです。ただ照らす。そして、その光を止めるのは厄介。喧嘩が生まれず、身体がほぐれていきます。相手から敵意を奪う力があるようです。

さて、この光の感覚をいかに伝えればいいのか、それに苦心するかもしれない、当初はそう思っていました。
しかし、まさかまさか、今は「光ぐらいは」と、思うようになりました(笑)。

理由はなぜか。光を手掛かりにして、その先にこれまで見た事のない世界を見つけ、それを伝えなくては、と思うようになったからです。

伝わらないのは一番困難な事だけ。

実は数日前に長年、それこそ、何十年と追い求めてきた世界に指先がかかりました。身体を通して「ある」という実感を得たのです。
その世界とは「魂」の世界。魂とは何だろう、と問いにも出来なかった無意識の思いがやっと、形になったのです。

そして、身体で分かったというのは、その感覚を身体を通して相手にも伝えられる、という事。
私の稽古は手を上げるだけ、歩くだけというものですが、その手を上げ下げしたり、歩いたりする時、意識は魂の存在を確かめながら行う事が出来ます。相手がどう感じているのかはわかりませんが、そこにはこれまでなかった動き、対応が生まれます。ちょっと丁寧に観察をすれば、そこに「何か」がある、とわかるはずです。

何かがあるのはわかっても、仕組みはわかりません。仕組みを伝えていく中で、あまりにもわからない事があると、それまでのものへの警戒が薄れます。魂という見えもしなければ、触れもしない、そもそもあるのかすらわからないものを相手にすると、結果的に存在は疑わなくてもいい「光」については心のハードルが下がっているものです。

光は外へと輝き、まっすぐ飛び、塊を持たない。

意外と知っている事はあるものです。
そして、正確な速度は知らなくても、この世に光よりも速いものはない、そんな事も知っているかもしれません。
光の性質をアインシュタインが研究をした、そんな知識も役立ちます。

とにかく、この世界に「ある」とわかれば、ちょっとずつ、変化を見つけていけば使いこなせるようにもなるはずです。

そして、これを「いい加減に」やります(笑)。
決して真面目にやらない。これをぜひ、覚えておいてください。

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9/25(土)川崎稽古会
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