【童話大戦争】 アフターストーリーズ(日本童話界編)
※ 童話大戦争シリーズ(完結)の後日談です。本編を先にお読みになることをお勧めします。
【桃太郎、旅立つ】
童話大戦争が終わった後、桃太郎は家臣団の解散を宣言した。
桃太郎に深く心酔している動物たちも鬼たちもそれを激しく拒んだが、桃太郎の決心は堅く、家臣たちは渋々受け入れることにした。
桃太郎が唐突に家臣団の解散を口にしたのは、本当にやりたいことができたからだ。
戦を通じて、世界には、いや日本でも自分の知らない凄い奴らがたくさんいることを知ってしまった。
世の中は広い。今までの自分は、単なる井の中の蛙に過ぎなかった。
自分には知らないことが多すぎる。
だから、桃太郎は一人、旅に出ることにした。
日本中を旅しよう。そして、世界中を見て回ろう。
見たことのない風景をたくさん見よう。
いろんな人に、動物に、物の怪に会おう。
したことのない経験を山ほどしよう。
旅支度を整え、期待に胸を膨らませながら意気揚々と桃太郎が歩き出すと、道の端にイヌとキジとサルが大人しく佇んでいた。
桃太郎が近づいていくと、彼らは、いかにも初めて出会ったような顔で、
「お腰につけたキビ団子、一つ私にくださいな。一つくれればお供いたします。」
と芝居がかった口調で話しかけてきた。
その猿芝居に、思わず桃太郎が笑い出すと、してやったりという顔で動物たちも笑う。
「あいにくキビ団子は持ち合わせていないが、それでも良いなら付いてまいれ。」
桃太郎の言葉に、動物たちは喜び勇んで歩き出した。
そして、少し先の道の真ん中では、元鬼軍団長の温羅が仲間に入りたそうにこちらを見ている。
こうして、桃太郎と鬼と3匹の動物による波乱万丈の大冒険の旅が始まるのだが、そのお話は、また別の機会に。
【浦島太郎、人生を選択する】
浦島太郎は、手酷く損傷した竜宮城の修理を終え、再び深い海の底に戻っていた。
なぜあのとき、日本童話界の覇権を取りに行こうとしたのか、今となっては浦島自身もよく分からなくなっていた。
ただ、開かれた世界に対する強烈な憧れがあったのは確かだ。
海は、大地の何倍も広く深く、そして安定している。
しかし、いかんせん、閉ざされた世界だ。
大地は、海に比べれば狭く、変化に富んだ世界だ。
しかし、その頭上には果てしなく続く空が広がっている。
かつての自分は、どちらを選ぶかと問われ、決めることができなかった。
だが、今は違う。
これから生まれてくる我が子のためにも、しっかりと海で生きていこうと思う。
「この子の名前は、なんにしましょうかね?」
浦島太郎は、乙姫の少しふっくらとしたおなかにそっと手を当てた。
【金太郎、山に帰る】
坂田金時こと金太郎は、世界童話戦争の後始末を終えたあと、源頼光に許しを請い、足柄山に帰ることにした。
「寂しくなるのう…」
渡辺綱がしょぼくれて言う。
「たまには顔を見せに来いよ!」
卜部季武が金時の肩をバンと叩いて言う。
「四天王の名は残しておくぞ。」
碓井貞光がにこりと笑う。
四天王の陰にいつも控えていた酒呑童子は、すでに物の怪の里に帰ってしまい、別れの場にはいない。
坂田金時は、一抹の寂しさを感じながらも友の惜別の言葉を胸に、一人故郷の山に旅立った。
故郷がだんだん近づいてくる。
懐かしい濃密な山の匂いが胸を満たす。
やはり自分の居場所はここなんだと、あらためて思う。
通いなれた獣道をずんずんと登っていく。
筋骨隆々の身体が子どもらしいまるまるとした身体に、
垂髪がおかっぱ頭に、狩衣が腹掛けに変わっていく。
身も心も金太郎に戻り、山を登る足取りが自然に軽くなっていく。
ふと振り返ると、酒呑童子が黙々と山を登ってくる。
『そうか。お前も一緒に来るか。』
金太郎はにっこりと笑い、そして前を向いて駆けだした。
山では、仲間の動物たちが金太郎の到着を今か今かと待ち構えている。
【大天狗、本音を漏らす】
物の怪の里では、年に一度の大集会が開かれていた。
話題は、もっぱら数か月前に終結した世界童話戦争のことだ。
大天狗を始めとして、物の怪たちは、自分たちの実力に絶対の自信を持っていた。
西洋童話軍に対しても、勝利を収めることができた。
しかし、それはだいだらぼっちの「國作り作戦」という奇策が功を奏したものである。
ましてや、今回の勝利は、大天狗が忌み嫌っていた人間たちとの共闘が、大きな勝因であった。
人間との共闘をいち早く提唱した主戦派の頭、ぬらりひょんは皮肉っぽく言った。
「皆の衆、先日の戦は良い経験になりましたな。世界は広い。わしらの知らない兵はまだまだおる。人間と共に戦っていなかったら、いったいどうなっていたことか。わしも天狗になっていた鼻をへし折られましたぞ。あ、これは申し訳ない。例えが、失礼でしたな。ほっほっほ。」
静観派の頭、ヤマタノオロチが言う。
「わしらは最初から、戦況を見つつ、参戦の頃合いを窺っていただけじゃ。西洋軍の突然の襲来でそれが早まっただけじゃ。わしらは人間との共闘には、なんのわだかまりもなかったぞ。」
人間との共闘を嫌った厭戦派の頭、大天狗が吐き捨てるように言い返す。
「わしは今でも、人間と共闘するなど虫酸が走るわ!」
「それにしては、ずいぶん献身的に人間たちを守っておられましたな。それに、思いのほか活き活きとされていたように見受けられましたが、見間違えですかのう?ほっほっほ。」
ぬらりひょんがしつこくぬらりぬらりと大天狗に絡む。
「わしは、月の者であるかぐやを将として戦っただけじゃ。人間との共闘はその結果でしかないわ。
ただ…
まあ、桃太郎、浦島太郎、金太郎の洟たれ三太郎の働きは認めてやらんでもない。
物足りないが、人間にしては良くやった方だ。
あいつらも、どうやら新しい道を歩み始めたようだ。
あいつらに何かあったときには、今回の御褒美として、助けてやらんでもない。」
「全く素直ではないのう。大天狗殿は。」
ヤマタノオロチがくっくっくと笑った。
「それにしても、我らが将、かぐやは月に帰っていったが、まさかそのままということはあるまいな。」
大天狗が憂慮し、ぬらりひょんもヤマタノオロチも憂鬱な表情になった。
【かぐや姫、心に従う】
月にそびえ立つ、金色に輝く豪華絢爛な城の中で、瀟洒な天の羽衣に身を包んだかぐや姫を前に、大広間にぎっしりと詰めかけた月の者たちがそろって声を上げる。
「お帰りなさいませ、かぐや様!お待ちしておりました!」
「ただいま戻りました。長い間、留守にしてしまい、本当に申し訳ありませんでした。
みなさま、お変わりはありませんでしたか?」
かぐやの問いかけに、一番前に座る月の武将が答える。
「はっ。こちらは盤石の守りにて、いかなる外敵もこの地に足を踏み入れることはありませんでした。
月の者は皆、常に穏やかなる心持で平和に暮らしております。」
それを聞いたかぐやは、安心したように微笑みながら言った。
「それは何よりです。
みなさまが心を一にして平和を守り続けようとするお気持ち、心より感謝いたします。
この平和を永遠のものとするため、私もこの身を捧げる覚悟です。」
「ははっ!」
月の者たちが一斉に深々と頭を垂れた。
静々と部屋に戻ったかぐやは、従者のウサギにこっそりと声をかけた。
「準備はよろしいですか?」
「はい。馬車の準備は整っております。
でも、本当によろしいのですか、かぐや様。
こちらに戻ってきてからまだ間がありませんよ。」
「今回は、月の者の顔を立てるためにちょっと帰ってきただけです。
それに、こちらは平和です。私がいなくても大丈夫です。」
「あちらでも戦争が終結して平和が訪れたとお聞きしておりますが。」
「そうですね。確かに平和は戻りました。
でも、あちらに戻ればやるべきことがたくさんあります。
私のことを必要としてくれるたくさんの住人がいるのです。」
「それは、こちらでも同じことなのではありませんか?」
「ここでは、私は月の象徴として座しているだけです。
それは、やはり私の性に合いません。
私は、かぐやという一人の人間として、考え、ものを言い、行動し、心を満たしたいのです。
だからもう少しだけ向こうの世界に居たいと思います。」
「今度はいつお戻りになられるのですか?」
「わかりません。
でも、月に何かあった時には必ず戻ってきます。
ここのみなさんには、急用ができたとでも話しておいてください。」
かぐやがいたずらっ子のように笑った。
『さあ、何から始めましょうか。』
心躍るかぐやを乗せた金色に輝く馬車が、静かに月を離れていく。
かぐやの脱ぎ捨てた天の羽衣が、キラキラと輝きながら月面高く舞う。
(完)
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