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【童話大戦争】 ⑦ 凪の戦場

【日本童話軍 総大将】 
 天然の要塞鬼ヶ島。
 ゴツゴツとした岩で覆われた島の内部には、驚くほど広い空間がいくつも広がっていた。そこは、桃太郎軍を収容してもまだ十分な広さがあった。
 桃太郎と鬼との激闘を機に要塞化された鬼ヶ島は、二重三重に設けられた頑丈な大門が、敵の侵入を許さなかった。

 その大門の奥深くの一室に、かぐや姫桃太郎浦島太郎が揃っていた。
 そこに、少し遅れて大天狗と共に壮年姿の金太郎がやってきた。

「久しぶりですね。金太郎殿」
 浦島太郎がにこやかにあいさつをした。

「元気だったか?金太郎。まあ、元気がなけりゃわしと戦争なんてできねえよな。」
 桃太郎があいさつ代わりの軽口を叩く。

「姫様、ご無沙汰しております。」
 金太郎は、二人を見向きもせずにかぐやに頭を下げた。
 それからようやく二人の方に向き直り、気まずそうに軽く手を上げた。
「よう。久しぶりだな。
 しかし、どうも落ち着かんな。
 敵将同士が雁首がんくびを揃えるなんてな。」

 大天狗はにやにや笑っている。

「金太郎様、私たちはもはや敵同士ではありません。ここにいるのは皆、西洋軍から日本を守るという同じこころざしを持った者です。」

 かぐやが金太郎に柔らかく微笑みかけ、そして全員に静かに語りかけた。

「みなさんはそれぞれが本当にお強い。
 でも、西洋軍の戦力はさらに強大です。
 それに打ち勝つたった一つの方法は、日本童話界が一枚岩となって総力戦で挑むしかないと私は考えます。そうなれば、それぞれの弱点を補い、強みを倍にした戦いができるでしょう。
 みなさん、今こそ日本童話軍を立ち上げる時ではありませんか?」

 4人が力強くうなずいた。 

 浦島太郎がかぐやを見て言った。
「私もそれに同意いたします。
 ところで、日本童話軍を名乗る以上は、総大将が必要ではありませんか?」

 桃太郎が大声で名乗りを上げた。
「総大将なら、わしが務めよう!と、言いたいところだが、ここは姫が適任だろう。」

「わしら洟垂はなたれ三太郎をまとめられるのは姫しかおらん。」
 金太郎が自嘲気味に言い、浦島太郎がうなずく。

「わしらはとうにかぐやを将にすると決めておる。」
 大天狗は腕を組み、それが当然とばかりに胸を張った。

 かぐやは固辞したが、押し切られて渋々ながらそれを了承した。
「わかりました。それでは、私が総大将を務めます。
 私たちはこれから、支配するためではなく、自由を得るためのいくさをします。
 この戦が終わっても、それだけは決して忘れないでください。
 そうでなければ皆さんが集まった意味がありません。」

 三太郎はそろって、母親に叱られた子どものような表情になり、それを見た大天狗が、また嬉しそうににやりと笑った。

 かぐやは、ピーターパンから聞いた西洋童話界の惨状やアーサー王の目的、メデューサの存在を4人に伝えた。
「つまり、アーサー王の行動原理は、戦うこと自体と好敵手探しです。相手に幻滅すればすぐにメデューサを送り込んでくるでしょう。」

「厄介な相手だな。」
「厄介な相手だな…。」
 桃太郎と金太郎が同時につぶやき、顔を見合わせ苦笑した。

 浦島太郎が、不安げに問うた。
「山の戦いで西洋軍が敗退したあと、西洋軍が本陣に戻り始めました。ドン・キホーテ軍団は、あと少しで桃太郎殿に追いつけるというのに踵を返しました。フック船団も沖合遠くまで後退しています。今は、不気味なほど動きがありません。これはメデューサ投入の前触れではないでしょうか?」

 一同は、黙り込んだ。

 そのとき、温羅うらが血相を変えて会議の場に走り込んできた。

「アーサー王から書簡が届きました!」

 かぐやがその書簡を受け取り、短い文面を読み上げた。

『我が軍は、貴軍に五日間の猶予を与える。戦の再開は五日後の正午。その間、浅謀を計るも良し。雑兵をかき集めるも良し。 アーサー王』

「なんとまあ、舐められたものだな。」
 大天狗があきれ顔になる。

「アーサー王は、私たちの戦力が十分に整うのを待つ気なのでしょう。これは、私たちを戦う価値のある相手と認めたということです。彼なら十分考えられる行動です。」
 かぐやが冷静に分析する。

「とりあえずメデューサの投入は避けられました。
 いずれにしても、座して死を待つ必要はありません。与えられた機会を最大限活かしましょう。
 長期戦に持ち込まれてはこちらが不利です。短期決戦で勝利する策を考えましょう。」

 残された時間は少ない。
 さっそく五人は、作戦会議を始めた。

【西洋軍 本陣】
 鬼ヶ島での日本童話軍結成から一日遡る。

 アーサー王は、山の戦いでの敗北を見届けた後、本陣に戻るや否や青ひげに命じた。
「全軍、帰還させよ。フック軍団は沖合で待機させろ。これより一切の攻撃を禁ずる。」
「は?今、なんと?」
「同じことを言わせるな!今すぐ指令を出せ!!」
 凄まじい大音声だいおんじょうが本陣全体をビリビリと震えさせた。
 青ひげは、肩をすくめて、淡々と全軍に帰還命令を出した。

 王の激しい叱責に、その場にいた者がみな凍りついてうなだれる中、青ひげだけが気付いていた。
 アーサー王の冷徹な怒鳴り声の奥底には、隠し切れない喜びの感情が溢れていた。

 本陣帰還の伝令を受け取ったドン・キホーテは、癇癪かんしゃくを起した。
「バカな!王は何を考えている!あと少しだぞ!あと少しで桃太郎軍を壊滅させられるのに!我々が第一に戦わねばならぬ厄介な敵は、我々の内部にある!」
 不貞腐れたドン・キホーテに代わり、ガリバーが号令をかけた。
「全軍、本陣に帰還するぞ!敵を見つけても攻撃するな!」
 軍団の移動が始まっても、ドン・キホーテはしばらくその場から動こうとはせず、海岸方向を悔し気に睨んでいた。

 フック船長は、ジョリーロジャー号の上でシンドバッドに愚痴っていた。
「上の考えることは全っ然理解できねえ。攻撃しろだの攻撃するなだの、めんどくせえ。
 俺たちはチェスのポーンじゃなかったのか?前に進むだけだろ?後ろには進めねえはずだろ?こんな悠長なことをしてるとしっぺ返しを食らうぞ。
 作戦か何かは知ったこっちゃねえ。オレはただ自由に暴れ回りたいだけなんだよ。」
 まるでフック船長の気持ちを代弁するかのように、高波がジョリーロジャー号の横腹を強く叩いた。

 魔女軍団長モルガン・ル・フェイ暗澹あんたんたる気分で一人考え込んでいた。
「私たちはどこの世界でも無敵だったはずだ。
 しかし、今回はどうも相性が悪い。
 我が弟とは言え、アーサーは冷徹な男だ。
 このままだと、空軍の不甲斐なさを見限るかもしれぬ。
 早急に戦果を上げぬと、この身が危うい。」
 モルガンは、ギリギリと親指の爪を噛んだ。

 全軍が本陣に戻ったのは、帰還命令から丸一日が経ったころだった。
 アーサー王はそれを確認したのち、件の書簡を一羽のツバメに託したのであった。

『猶予は5日間だ。
 これでやつらがどう出るか…。
 さあ、よくよく考えろ。
 どうしたらわしを倒せるのか。
 わしは強いぞ。
 自分でも嫌になるくらいにな。』

 アーサー王は久し振りに、はやる気持ちを抑えられなかった。


【勝利への道筋】
「軍団の再訓練で…」
「それぞれの特性を持つものをまとめ…」
「連携を取ることが肝要で…」
「武具の補給は…」
「全国にはまだ戦力が…」
「本陣は鬼ヶ島とし、姫は…」
「船で移動するには時間がかかり過ぎる。わしが…」
「新しい兵器を…」
「巨大生物軍団は…」
「古い武器を集めて…」
「守ることは考えない…」
「この玉手箱は…」
「だいだらぼっちが戦局を…」
「そうか、だいだらぼっちか!」
「國作り作戦…」
「決戦は数時間…」
疾風迅雷しっぷうじんらいの如く…」

 短くも濃密な戦略会議を終えた5人は、それぞれの役割を果たすべく足早に散っていった。

(続く)


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