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【童話大戦争】 アフターストーリーズ(西洋童話界編)
※ 童話大戦争シリーズ(完結)の後日談です。本編を先にお読みになることをお勧めします。
【巨大監獄】
平和を愛する西洋童話界の住人たちは、巨大な監獄に閉じ籠められ、絶望の淵に追いやられていた。
しかし、かぐや姫がやって来たあの日から、彼らの心に変化が訪れた。
諦めることを止め、希望を捨てずに前を向いて生きていく決意をしたのだ。
そして、とうとうその日がやってきた。
「ふっ ふっ ふはっ ふはっ はっははっははっはは!」
遥か遠くの虚空から誠に奇妙な笑い声が聴こえてきた。
すると、あれほど堅固で永遠に開くことがないと思われた監獄の扉が、一斉にガチャン!と音を立てて開いたのだ。
住人たちは、最初は恐る恐る外の様子を窺っていたが、やがて歓声を上げて監獄の外へと走りだした。
そして住人たちが逃げ出した監獄は、次第に砂の城のようにサラサラと崩れ始め、幻のように消え去った。
監獄が消え去るとともに、灰色だった街並みが、鮮やかなパステルカラーに染まっていく。
「アーサー王の呪いが解けた!向こうで何かが起こっている!」
ピーターパンは、ふわりと浮かび上がると、日本童話界を目指してビュンと飛び立ち、ティンカーベルが慌てて後を追った。
それから数カ月が過ぎた。
巨大監獄があった場所は、とても広く心地のよい公園になっている。
爽やかな風に乗って、あちこちから心躍る音楽と住人たちの華やかな笑い声が聞こえてくる。
これは、そんな平和が戻った西洋童話界のお話だ。
【ピーターパンとフック船長】
空を舞うピーターパンとティンカーベルに向かって、ジョリーロジャー号の甲板でフック船長ががなり立てる。
「ピーターパン!ウエンディーを返してほしかったら、今夜、1人で入江の岬に来い!」
「また、ですか!このところ毎日じゃないですか!いい加減にしてくださいフック船長!」
フック船長は、ピーターパンと再び絡めるのがよほど嬉しいようだ。毎日のようにちょっかいをかけてきて、ピーターパンをうんざりさせていた。
「またですかぁ、船長…。もう、いい加減にしましょうよ。」
ちょうどその時、ジョリーロジャー号では水夫長のミスター・スミ―が同じことをボヤいていた。
「がっはっはっはっは!」
フック船長だけが、ただ一人上機嫌でカギ爪を振り回した。
【ドン・キホーテとサンチョ・パンサ】
「だんな様、いくらなんでも日本童話界は遠すぎるべ。もう何日旅を続けていると思うのですか。いい加減に館に戻りましょ。」
「何を言うかサンチョ。心の中で感謝するだけでは騎士の誠意としては足りぬ!行動の中で感謝を示すのだ。」
アーサー王の呪縛を解いてくれた日本童話界の住人たちにお礼を言うために、ドン・キホーテは長い旅に出た。
そして、なによりもドン・キホーテは、彼らの勇猛果敢な戦いぶりをいたく気に入っていた。
『できれば、あの金太郎という若者ともう一度手合わせをしたいものだ。』
はやる心が、痩せ馬ロシナンテの歩みを速めさせた。
置いていかれたサンチョがため息をついた。
「まぁた、神様の御手にお任せするしかないんだべか。」
サンチョは慌てて主人の背中を追いかけ始めた。
【はだかの王様】
わしは、王としての威信を取り戻すために戦に参じた。
「はだかの王様」と民から嘲笑われるのに耐えられなくなったからだ。
しかし、金太郎軍討伐を任せられたものの、結局、山の中で雪崩に飲み込まれただけで、なにひとつ活躍することができなかった。
だが…今となってみれば、もうどうでもよいことだ。
戦場で酒を酌み交わしたドン・キホーテの言葉が、わしの心を救ってくれた。
「裸でわしは生まれてきた。そして、裸でわしはこの世から出てゆかねばならぬのだ。」
そうとも。『はだかの王様』、大いに結構!
民から笑われても、わしの話は永遠に子どもたちに語り継がれていく。
これ以上の幸せがあろうか!
【シンドバッドとガリバー】
「よう、ガリバー!久しぶりだな。少しやつれたんじゃないか?」
「おう、シンドバッド!お前こそ疲労困憊って感じだな。」
フック海賊船団ナンバーツーのシンドバッドと、ドン・キホーテ軍団ナンバーツーのガリバーが、大通りでばったりと出会った。
「お互い、苦労させられたからな。わがままな上司に仕えるというのは疲れるもんだよ。」
シンドバッドがため息をつき、愚痴をこぼした。
「そうだよな。結局、尻拭いさせられるのは俺達だからな。
しかも、それでも憎めないっていうのがまた癪な話だ。」
「そう!そうなんだよ!」
シンドバッドは、ガリバーの言葉に我が意を得たりとばかりに思わず声を上げた。
「あ、そうだ。お前、時間あるか?少し、飲んでいかないか?」
ガリバーが飲みに誘うと、シンドバッドが二つ返事で快諾した。
二人は、上司の悪口を大声で言い合いながらパブに向かった。
しかし、その会話は、傍からすれば、上司の自慢話にしか聞こえなかった。
【アーサー王と円卓の騎士団】
「あーはっはははっははっは」
「アーサー王、まだぎこちのうございます。」
ランスロットが笑いを堪えながら言う。
「もう少しスムースに笑わないと威厳が保てません。」
ガウェインが生真面目な顔で追い打ちをかける。
「むう。笑うということは、戦をするよりも難しいのう。」
困り切った顔のアーサー王を見て、騎士たちが思わず吹き出した。
「ところで、モルガンの消息は掴めたか?」
王の言葉で、その場にビリビリとした緊張が走った。
「いえ、こちらに戻って来たことは分かっておりますが、その後の行方は一切不明です。」
ランスロットが恐る恐る答えた。
「そうか…」
落胆する王の様子を見て、ランスロットが慌てて付け加える。
「見つけ次第、必ずやその首を撥ね、王のもとに献上いたします。」
「いや、それには及ばない。わしはただモルガンと話をしてみたいのじゃ。」
「と、おっしゃいますと?」
「モルガンがなぜあのようなことをしたのか。モルガンの口から直接聞いてみたい。
その理由が分からぬままでは、わしは何も変わることができないような気がしてな。」
アーサー王が真っすぐに騎士団を見つめながら言った。
『アーサー王は、本当に変わられた。』
その場にいる騎士たち全員が胸を打たれ、知らず知らずのうちに姿勢を正した。
【モルガン・ル・フェイと青ひげ】
モルガン・ル・フェイが、マントに身を包んで人目を避け、深い山奥の古びた屋敷を訪れた。
「青ひげよ。なんとまあ、変わり果てた姿になったものよ。」
玉手箱の煙を浴びた青ひげは、永遠の月の矢の力を持ってしても、元の姿に戻ることはなかった。
背が高く厳めしい体格も、今や、痩せこけて背中が丸くなった老人の姿となっている。
青ひげは、うたた寝でもしているのか、口を半開きにしたままソファーで静かに目を閉じている。
モルガンは、まるで自分に問いかけるかのように青ひげに話しかけた。
「お前はもう何も考えずに済むから幸せだ。
私はこれからどうしたら良いものか。
アーサーを裏切り、弟子の魔女軍団を見捨てた私は、もうどこにも居場所はない。」
モルガンが肩を落とした。
そのとき、青ひげが目をうっすらと開け、弱々しく呟いた。
「だが…まだ…戦える…だろう?」
モルガンは、ハッと息を呑んだ。
「そう…だな。まだ、戦える。」
モルガンはそう呟くと、マントを勢いよく脱ぎ捨て、踵を返した。
毅然とした姿で部屋を出ていく彼女の背中には、並々ならぬ決意が宿っていた。
その様子を見て、青ひげは、満足げに目を閉じた。
こうして、アーサー王と大魔女モルガン・ル・フェイの新たな物語が幕を開ける。
その悲喜劇については、また別の機会にお話しすることにしよう。
(完)
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