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息子と牛丼並盛り

子どもが大きくなったら
一緒にお酒を飲みたい。
息子を持つ、お酒を飲む
父親なら誰しも思う夢だろう。

20歳か。大学生になっているはずだ。
まだあまり飲めないかもしれない。
最初はビールじゃないかもな。

サークルの話か、アルバイトの話か、
彼女の話か。いや、近々迫るの就職の話か。
ちょうど人生の岐路の話が
聞けるかもしれない。

就職してからが本番だろうな。
仕事のこと、上司のこと、キャリアのこと、
私の息子のことだ、
きっと悩んでいるだろう。
文字通り親身になって答えてやりたい。

あまりロジカルに話しすぎると、
鬱陶しがられるだろう。
自分の経験を例えに優しく諭してやりたい。
「俺が若いころはな、
こう考えていたが、
もっと歳を取ったら、
こう思うようになった」

なんていい時間だろう。

息子が小学生では、父親の言葉は無力だ。
自分の言っていることが通じないのは、
わからないのか、聞く耳持たないのか
判断つかない。
今日も昨日と一緒で
遊んだおもちゃは散らかしっぱなし。

母親と違って普段
何やっているかわからないのも、
父親の悲しいところだ。
専業主婦の母親は掃除や
料理をこなしている。
かたやテレワークの父親は、
自室にこもって
画面の前でキーボードを打っているだけ。

会議や企画書で忙しいといっても、
わかるわけがない。
自分でも、なんでこれが
仕事なのかよくわかっていない。
大きなビルの工事現場で完成図を
見ながら指示している、
そんなわかりやすい仕事だったらな。

でも、大きくなれば、わかるだろう。
私がせっせと何をやっていたか。

いや、待てよ。
息子がサラリーマンになるとは限らない。
警察官になるかもしれないし、
漫画家になるかもしれない。
芸能人は無理だとして、
起業家になるかもしれない。
世界を股にかける
スポーツ選手になるかもしれない。

そうなると私が教えてやれることは
少なくなる。
逆に教えてもらう立場になるのか。
その場合、向こうは
素人に話すことになるのだから、
少々面倒になるだろう。
久しぶりにあったのに、
すぐに会話がなくなるかもしれない。

「久しぶりだな」
「日本に帰ってきたのが久しぶりだからね」
「この前の試合、テレビで見たぞ、
よかったな」
「ああ、ありがとう」
「……」
「……」

いかん、あとはテレビで試合はおろか、
密着番組で試合の
裏側まで見てしまったので、
特に聞くこともない。
「あのとき、本当はどんな気持ちだった?」なんて
実の息子にミーハーな
質問をする気にはなれない。

「飲むか」
「飲むよ」

そう、それそれ。
男同士、無言でお酒を飲む、
それだけでいいじゃないか。

それにしても、14年後か、結構長いな……。



「今日のお昼、牛丼食べに行かないか」
外食はいつも家族みんなでするのだが、
その日は息子だけに声をかけてみた。

息子は「食べに行く」と言った。
いや、言わせた。
母親にそのことを告げると、
息子を自転車に乗せて、
牛丼屋へと向かった。
事前に食券を買うシステムの牛丼屋だ。

「お子様セットか」
「ううん」

「大人と一緒のでいいのか」
「うん」

「ミニ盛り?」
「ううん」

「並盛りか」
「うん」

「生卵は?」
「いる」

大きくなったな。
並盛り2つと生卵2つの食券を購入し、
二人で向き合って席に着いた。

注文の品が運ばれてきたので、
生卵をかきませて
牛丼の上にのせる食べ方を教えてみた。
見よう見まねでやったものの、
箸では食べづらいらしい。
私が差し出したスプーンを手に、
口の中へとかきこみ始めた。

半分くらいは残すだろうという予想は外れ、見事完食。
「おいしかった」と息子はつぶやいた。

いいな、この瞬間。父親で良かった。
今度は何食べに連れて行こうか。
ラーメンか。
「外食ばかりしていいわね」
そんな妻の声が、頭の中で聞こえてくる。

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