違いは間違いではない。
みんな最善を尽くしている。
今目の前の人が自分から見てできていないと感じた時、その人は今の最善を生きている。
誰もが自分の仕事にガミガミ言われたくないし、自分の思うようにやりたいという願望がある。
現時点の最善を尽くしている。
ではその行動はどこからくるのか?
人は生まれ持って願望があり、その願望を手に入れるために行動を選択する生き物。
例えるなら頭の中にアルバム写真のように
自分の好きなものがたくさん入っている記憶の世界がある。
車好きなら車、スイーツ好きなら美味しいスイーツが、キャンプ好きならキャンプが好きという頭の中のアルバムにはいっている。
コンビニにたくさん並んでる雑誌の中でも
パッと目を引くのは自分の頭の中にある“好き”のセンサーが反応したものに目がいく。
これと同じように、接客、対人コミュニケーション、仕事の仕方も自分にとって“良い”と思っているスタイルが過去の経験から頭の中のアルバムにストックされている。
その中から、最善をチョイスして行動に移るというメカニズム。
この“好き”の世界に入っているものは
貼り変わっていく。
ピーマンが嫌いだった子供が、料理の仕方を変えたら好きになるように。
人は朝起きてから、夜寝るまで
その“好き”なものを手に入れるために、
行動を選択している。
だから行動の選択に違いが出てくる。
その違いはけして間違いではない。
自分が正しいでは相手は間違ってるというメッセージが伝わると以前お伝えしました。
その違いを受け入れるのが人の器。
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