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【ソビエトレンズ】JUPITER-9 85mm F2.0のフレア対策と、撮れば撮るほどその性格がよくわからなくなるという話


Jupiter-9 85mm F2.0(1950年KMZ製M39ライカスクリューマウント)

JUPITER-9 85mm F2.0のこと

ソビエト製レンズでもっとも有名かもしれないレンズのひとつに、JUPITER-9 85mm F2.0/ЮПИТЕР-9 85мм F2.0というものがある。

ロシア語では「ユピーチェル(木星)」と読む。数字も含めたら「ユピーチェル・ジェーヴィチ」だ。「木星九號」だと某国のロケットみたいだし、「もく星号」もまずいな。

戦前のドイツ製距離計連動式カメラContax 用の交換レンズであるカール・ツァイス「Sonnar 85mm F2.0」(1933 年)の設計を、戦時賠償という名目で、原材料と図面、工場設備、技術者ごと旧東独イエナからモスクワ郊外のクラスノゴールスクのクラスノゴールスク機械工場(Красногорский механический завод; КМЗ/KMZ)まで持ち去り、それを改良してソ連崩壊後2005年ごろまで作り続けたものだ。

本来はソビエト製ライカスクリューマウントカメラ用だ。写真はZORKI-3ほか

1951年から2005年ごろまでの長期間に渡ってソビエト(当時)の複数のメーカーで製造されたため、ライカスクリューマウント(M39)、レンジファインダーコンタックスマウント、一眼レフのKIEV-10マウント、一眼レフ用M42マウントなどの対応マウントも多く、外観やコーティングのバリエーションも数多くある。

ロシア・リトカリノ光学ガラス工場(Лыткаринский завод оптического стекла; ЛЗОС / LZOS)では2005年ごろまでM42マウントのマルチコートが施された製品LZOS MC JUPITER-9 85mm F2.0を作っていた。東京中野・フジヤカメラでは直輸入を行い、1万円を切る価格で販売していたこともあった。

レンズ構成の3群7枚のゾナータイプ。外形寸法は最大径×長さが約φ68 × 65mmと現代のフルサイズ一眼レフ用レンズに比べると比較的小型だ。LZOS MC JUPITER-9 85mm F2.0の質量は約400g。アタッチメントサイズはφ49mm。最短撮影距離はLZOS MC JUPITER-9 85mm F2.0は0.8メートルで、M39ライカスクリューマウント版は1.15メートル。

絞り方式はKIEV-10用をのぞいて古典的なプリセット式で、ボディ側への絞りの伝達機構を持たない。プリセット式絞りはフィルム一眼レフで用いるには不便で時代遅れに思えたが、いまやミラーレスカメラで使うならば故障もしにくく、使いにくさをそう強くは感じさせなくなった。そして絞り羽根が15枚もあるので、絞っていってもぼけのかたちに丸みがある。

筆者はライカスクリューマウント(M39)のクローム外装のものを所有している。マルチコート化されたM42マウントのものを入手しようとずっとためらっているうちに、すっかり価格が高騰してしまった。

M42マウントのLZOS MC JUPITER-9 85mm F2.0についてはKindle電子書籍を書いて販売している。Pasha Styleにも記事を書いた。残念ながらあの個体は偏心していたと思う。

古いレンズにはフレア対策を

JUPITER-9 85mm F2.0をはじめとするソビエト製レンズだけではなく、古いレンズ全般にいえることだが、コーティングや内面反射防止対策が未熟だった時代のレンズは総じて斜光線に対して弱い。フィルムよりもずっと平面性が高い撮像素子前面のローパスフィルターや保護ガラスなどに反射してしまい、画面全体を覆うベーリングフレア(内面の乱反射)が生じやすい。

フレアを生じさせないには、斜光線での撮影をあきめるか、逆光に強い現代のレンズを用いる。ある程度絞ること、あるいは左手で斜光線を隠すハレ切りをするか、画面四隅に写り込まない長さのレンズフードを用意するのも効果がある。

ところが私自身は逆光や斜光線自体は好きなので、そういう光線下でこそ撮影したくなる。三脚を立てての撮影ならば左手も空くけどね。いろいろと私は古いレンズには向いていないユーザーかもしれない。それもくやしいので対策を考えたくなる。

JUPITER-9のアタッチメントサイズはφ49mm。マルチコート化されたm42マウント用も同じサイズだ。そこで私は、AIニッコール85mm F2Sでいま用いているφ52mmのAIマイクロニッコール105mm f/2.8S用のスプリング式フードHS-14 を、49mm-52mmのステップアップリングを介して使おうかと思っていた。 既製品のレンズフードはたいてい短めだ。保護フィルターをつけてもけられないようにしてある。だから「85mmレンズには105mmや135mmなどのより望遠のレンズフード」を私は使う。ただし、広角レンズはすなおに表記に従ったほうがいい。

JUPITER-9に使えるのでは、とゴーストがささやいた

そんなことを考えていたある日、とある全国チェーンのロードサイドにあるカメラ店でふと見つけたφ49mmの「SMC Takumar 135mm F3.5用(「Takumar 1:3.5 135mm 1:5.6 200mm」という刻印がある)」のしっかりした作りで質感のいいメタルフードを装着してみた。値づけを変えられたくはないのであえて店の名前は秘す。お値段は数百円だ。

φ49mmの「Takumar 1:3.5 135mm 1:5.6 200mm」と刻印のある
旭光学工業時代のPENTAX一眼レフ用レンズフードがちょうどいい

するとレンズとの大きさのバランスもよく、なによりも予想以上にフレアをカットする効果があった。レンズフードの有無の差の大きさにはおどろくほどだ。レンズフードの作りのよさも素敵だ。この時代から旭光学工業(当時)のカメラ、レンズ、付属品はていねいに作られていていいよね。「お値段以上PENTAX♪」と鼻歌を歌っ……すみません、この部分だけは少し盛った。気持ちはほんとうよ。

これらレンズフードの有無を示す画像はいずれもごみ取りとクレジットなどの文字を入れただけで、α7IIの「クリエイティブスタイル:ビビッド」で撮影したJPEG画像のままで手を加えていない。コントラストと彩度は「スタンダード」よりも高いはず。

レンズフードなし(太陽は画面左)
レンズフードあり

レンズフードなしでも、F4まで絞るとフレアが軽減される。絞り羽根がフレアカッターの役目も果たすからだ。しかし、フードをつけたほうはシャドウ部分のしまりも改善される。そしてF11くらいになるとかえって乱反射がスポット的に目立つことも。だから私はフードを使いたい。

鏡筒内にさらに植毛紙も貼付した

フードなしでも私の使っている個体はF2.8までは空を写すさいに画面四隅が暗く落ちるところをみると、フードのせいでけられているわけではない。ずっと新しいM42マウントのLZOS MC JUPITER-9 85mm F2.0のほうは絞り開放でも周辺光量落ちはここまではっきりとはしなかったはず。

正直にいうと、私自身はこのフードを入手してフレアを自分で多少はコントロールできるようになったので、最近になってJUPITER-9を改めて使う気になった。φ49mmでTakumar望遠レンズの名前が刻まれているレンズフードを店頭で見つけたとたんに、JUPITER-9にちょうどよさそうだと「ゴーストがささやいた」のだ。少佐ではないが、レンズだけに。

こういうのが「フード病」の患者の典型例かもしれない。だが、レンズに装着して家で「やっぱいいわ」と眺めて空シャッターを切っておしまいではなくて、外に持ち出して撮影にちゃんと使っているところが俺はまだちがうと思いたい。この言い回しそのものが重篤さの証拠なんだけどね。

ずっと所有していてもうまく扱うことができなかった

私自身が所有しているJUPITER-9は前述のように、M39(Lマウント/ライカスクリューマウント)版でKMZ製の1950年代製とおぼしきものだ。"П"の刻印があるが、これは"просветление оптики(反射防止膜、つまりコーティング)"の略号だ。JUPITER-9やJUPITER-11 135mm F4.0などのアルミ製鏡筒が無塗装のソビエト製望遠レンズ見ると、私にはいつもTu-95戦略爆撃機を連想させる。なんとなくね。

私の持つ個体はものすごく安価に入手したものだ。なにしろモスクワ・イズマイロフ公園の蚤の市で「レンズ3本セットで100ドル」で買ったものだから。ただし購入当初にはレンズ面に拭き跡が残されてピントも甘く、国内のカメラ修理店で3万円もかけて調整してもらっている。レンズ自体の調子はよくなっても、レンジファインダーカメラでは使いこなすことが私にはできなかった。

LZOS MC JUPITER-9 85mm F2.0(M42、マルチコート)
LZOS MC JUPITER-9 85mm F2.0(M42、マルチコート)

そうしてめったに使わないまま25年も手元に置いておいた。最近になって思い立ってSony α7IIに装着し、電子ビューファインダーで拡大表示をしながら使うとずいぶん細かくピント合わせができるようになり、きちんとピント合わせをした写真からはいろいろとおどろかされてこうして記事を書いている。遅まきながら「こういうレンズであるのか」ということをいまさら知りつつあるところだ。ずいぶん遠回りしたけど、そういうものごとが私には多いみたい。

LZOS MC JUPITER-9 85mm F2.0(M42、マルチコート)

フィルムカメラを使っていた当時はほんとうに稚拙な腕前だったということに気づいて、はずかしくなる。85mmという焦点距離を自分がきちんと使いこなせるようになったのも、せいぜいここ10年ほどかもしれない。そしてなによりも、Sony α7IIとVoigtländer VM-E Close Focus Adapterにはずいぶん助けられている。フィルムカメラのままだったら、いまでもこのレンズをうまく扱えないままだったと思う。

LZOS MC JUPITER-9 85mm F2.0(M42、マルチコート)
LZOS MC JUPITER-9 85mm F2.0(M42、マルチコート)

撮れば撮るほどどういうレンズであるのかわからなくなる

私がいま気に入っているのは、F2.8からF4程度に絞って、拡散光下や薄暮で撮ったときのおだやかな描写だ。

35mm判の焦点距離100mm前後のレンズは設計がしやすいそうだが、それでも1930年代にこの大きさ(小ささ)で21世紀でも絞れば実用的な画質になるレンズを設計し、製造したCarl Zeissの技術力にも感心する。世界中のレンズ設計者が真似をしたくなるわけだ。

そして、使えば使うほどにこのレンズの性格が私にはますますわからなくなる。ひとことでわかりやすく端的に、キャッチーに説明しづらいというのか。知れば知るほどひとことで言い表しにくくはなるかもしれない。

KMZ JUPITER-9 85mm F2.0(M39ライカスクリューマウント、モノコート)
KMZ JUPITER-9 85mm F2.0(M39ライカスクリューマウント、モノコート)
KMZ JUPITER-9 85mm F2.0(M39ライカスクリューマウント、モノコート)
KMZ JUPITER-9 85mm F2.0(M39ライカスクリューマウント、モノコート)
KMZ JUPITER-9 85mm F2.0(M39ライカスクリューマウント、モノコート)
KMZ JUPITER-9 85mm F2.0(M39ライカスクリューマウント、モノコート)

ただし、MC HELIOS-44M-6と同様に原設計が戦前のレンズであるために、F8.0まで絞っても画面中央と周辺部の画質が揃わない。主要被写体を画面周辺部に置く撮り方はしづらい。自分には1970年代から1980年代のレンズのほうが悩まずに撮影ができる。ひごろなにかとAIニッコールSレンズを持ち出すことが多いのは、そういう理由だ。

そしてまだ経験の蓄積が足りない。これは、これから探求していくものごとがまだまだあると考えることにしている。世の中には、自分が知らないものごとのほうがずっと多くあるというわけだ。

このレンズを持ってひさりぶりにロシア、行ったことのない旧ソ連加盟諸国、あるいは中央ヨーロッパに行って、路面電車のある風景を撮ってみたい。ボディはPanasonic LUMIX S5IIやSony α7CIIだとおもしろそうだ。真冬だと手動絞りでも予備レンズがいるかもね。

そんな夢想をして楽しんでいたら……ウクライナ侵攻が始まってしまい、いまだに終わる気配がない。ロシアに行くことは、もうこれからさき叶わないかもしれないとうっすら覚悟している。

【撮影データ】
Sony α7II/JUPITER-9 85mm F2.0(KMZ、M39マウント),MC JUITER-9 85mm F2.0(LZOS、M42マウント)/RAW/Adobe Photoshop CC 2025

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