【短編】コーンポタージュで抱きしめて テーマ:ぬるい
ゆりくん、お話できなくて、ごめんね。わたし、自分でもわからないけど、夜更けの暗い道を走っているんだ、いま。
冬の冷たい空気の中で、どうしても知りたいことが、あったの。
でもね、わたし、あんなに寒いの苦手だったのにね、知ってるでしょ?冷たくなっていく自分の気持ちが、怖かったの。
この世界は怖いことばっかりで、みんな、わたしと話すといらいらするみたいで、人に迷惑をかけるくらいなら、わたしなんていない方がいいって、ふるえていたの。
いつか、木枯らしが吹く公園で、ゆりくんが気にかけてくれたよね。寒そう、大丈夫ですか?って。
あのとき買ってくれた自販機のコーンポタージュのあったかさ、いまでも覚えてる。
ゆりくんと一緒に暮らすようになって、わたしはいつもあったかくいられたの。
ゆりくんがくれたもの、ぜんぶ忘れない。
お風呂、ドライヤー、ランプ、毛布、もこもこのスリッパ、うどん、お茶、優しい言葉。
ずっと、ずっと大好き。ゆりくんさえいれば、あとは全部、いらなかったの。
でも、ごめんね。ずっと優しさに甘えていた。受け取るばっかりだった。
ゆりくんは警察官で、しっかりしてるから、ちゃんとしていないわたしが恥ずかしかったよね。考えが甘いって、よく言っていたものね。
わたし、ゆりくんの気持ちがどんどん冷えていくのが、怖かった。ゆりくんのことを好きじゃなくなっていく自分も、嫌だった。
それでね、わざとじゃないんだよ、ゆりくんの携帯のメッセージ、見ちゃったの。
いまは、あの女の人が好きなんだね。
いつもだったら、わたしはすごく暴れていたと思う。でも、なんでかな、気持ちは全然冷たくならなかったの。
むしろ、ゆりくんを解放してあげなきゃって、そのときはじめて思ったの。
それでね、ゆりくんが起きる前に、急いで荷物をまとめて、コートを羽織って、少しずつ明るくなっていく冬の夜明けの中、走っています。
でも、吐く息が白さが、ぴんと痛い風が、凍えそうな指が、まだ暗い木がやっぱり怖い。
だけど、ゆりくん。わたし、なんでこんなに気持ちがいいんだろう。
いま、ゆりくんと初めて出会った公園に着きました。
まだ、あの自販機があるんだね。110円。お金を入れて、コーンポタージュのボタンを押す、なんでか、どきどきするね。幼稚園生のおつかいでもないのに。缶、出てきたよ。
ほら、あったかい。
手が、指が、舌が、ほっぺたが、喉が、お腹が、熱いとうもろこしでいっぱいになる。
わたしの低い体温とゆっくり溶け合うのが、わかる。
私の体、こんなに冷たかったんだ。冷たいから、あったかいのが嬉しいんだ。
自分をあっためるのって、こんなに嬉しいことなんだね。
ゆりくん、私、自分のこと、いらないと思っていた。優しいゆりくんに、私は私を押し付けようとしていたんだ。だから、私たち、どんどん合わなくなっていったんだ。
でも、いまわかったの。自分をあっためるのは、私しかいないって。
ゆりくん、ひとりでコーンポタージュ買えたよ。すごく、熱いよ。だから、今まで、ありがとう。さよなら。
なんて、ただの強がりかもしれないけど、今だって、あれ、泣いちゃっているけど、でも、大丈夫。
涙のぬるい温度を、私は冷たい指先で感じられるから。
ほら、朝日が昇ってきた。あったかい光だね、ゆりくん。
Fin
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。素敵な画像をお借りしました。
この物語が、だれかの幸せにつながりますように。そうなることを信じて、投稿します。
みなさま、よい夜を。
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