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老人が転ぶということ

今日、サ高住(サービス付き高齢者住宅)
入居中の90代の女性が、
「胃が痛いから、入浴したがらないので看にきてほしい」
と、サ高住の職員から連絡があった。

入浴したがらない事をなんとかして欲しいのであれば、訪問看護の役割じゃないよなぁと思ったり、「胃が痛い」のはいつからで、どの程度なのかとか、その他の症状なども何も情報が無かったのだけれど、「胃が痛い」はたぶん、受診しないとどうにもならない案件なんじゃかいかなぁとか、まあ、訪問看護への相談の仕方としては、いささか突っ込みどころ満載だなあと心の中でブツブツいいながらも、
「とりあえず、見に行きますね」と
快い返事をし、行ってみることにした。

お部屋に入ると、訪問介護の介護士さんが来ていた。
本日入浴の予定で、入浴介助をしに来られていたのだが、胃が痛いと言われて、入浴を中止したとのこと。
お風呂には入れないけれど、せめて着替えをと、更衣介助をされているところで、パンツを交換するために、パンツを下ろし、下半身裸になったところ、右のお尻、股関節の付け根のあたりに、大きな内出血があった。

「ここ、アザがありますけど、どうしたの?」
と、聞いたら、
「今朝派手に転んだんです」
とのこと。
「早朝に転んで、誰かを呼ぶのも悪いから、ずいぶん長い時間をかけて、ようやく自分でどうにか起きたんや」

そして、その事を誰にも言わず、何事も無かったように食堂に行き、朝食を食べて、
再び部屋に戻って休んでいたが、次に起きた訪問介護の時間には、胃のあたりが痛くて立つことも儘ならない状態になったようだった。

訪問介護の方は、更衣介助が終わった時点で帰られ、そこからは、訪問看護として、全身の観察と、ご本人のお話を聞いた。

胃が痛いと言っておられたけれど、よくよく痛みのある場所を手でさしてもらうと、みぞおちのあたりとか、腰のあたりを触っていて、胃と限定できない様子だった。
加えて、朝食は8割食べておられ、とくに他にムカつきなどもなく、顔色も悪くなかった。
血圧がやや高めで、これは、痛みによるものかなぁと思った。

認知症が少しあるため、ご自身の状況を、正しくは伝えられないないことも念頭において判断すると、今朝の転倒のしりもちによって、骨折などの可能性が考えられた。
この方は、骨粗鬆症がひどく、そのための薬も飲まれており、腰椎圧迫骨折の既往もある。

胃の痛みとして表現されているが、腰周りの痛みとして感じておられるのかもしれない。

とりあえず、痛みが強いので受診を手配しようと思った。
訪問看護で受診には連れていけないので、受診はご家族にお願いする。
この方は、妹さんがキーパーソン(本人の代理人)なので、「妹さんに電話しますね!」と
お伝えすると、
「妹は、なんか最近私が電話すると、いつも怒ってて、えらい言い方でやいやい言われるのよ。私がなんかしたんやろか?
ほんでも、16も離れた妹に世話させてる私が悪いんやけど、もう、こんな迷惑かけて生きてるのが辛いわ。先生、わたし死にたいのと違う。今すぐ殺してほしい。
生きてても何の価値もないわ。もう、なんでこんな思いして生きてなあかんの?
もう、死なせてほしい。」と言って、涙ポロポロ流して泣きながら話された。



どんな事情があるのかは解らないが、
妹さんにも色々思うところがあって、言い争いになったのだろうけれども、
認知症もあって、理由がよく解らないまま
ただ、悲しみ、辛さだけを強く感じておられるようだった。

そんな時は、私はとりあえず、
目線の合う位置に座って、ただ、
本人の思いを受け止めて、話を聞く。

そっか、そっか。
そうだよね。辛いですよね。
誰も殺してはあげられないけど、
それくらい辛いと感じてる気持ち、
伝わってますよ。
と、ただ側で、時々相づちをうちながら聞く。

転んで体が痛いのもあるけれど、
転んだときの、高齢者の心の痛みというのは
かなり深いと思う。

昭和世代の人間は、人に迷惑をかけてはいけないと、刷り込まれて生きてきている人が大多数だ。年齢が上がれば上がるほど、その傾向は強い。

転倒は、自分の不注意によるところが多く、病気と違って、自分の過失での怪我で、人に世話にならなければいけないという、「人に迷惑をかけてはいけない」という前提の中で生きてきた人にとっては、かなり心の傷も深くなりがちな事故だ。

転んで寝たきりになるのを予防しよう!なんて、フレイル予防として運動を推奨したりされているが、もちろん転びたくないし、寝たきりにもなりたくないけれど、なんだかそうなるのが悪いことみたいに、国を上げて啓発されると、転んで寝たきりになることが悪いこと(予防が足りない)みたいで、責められている気分になるのは、私だけだろうか?

転んで寝たきりになっても大丈夫。
迷惑かけてもいいんだよ。
今まで一生懸命生きてきたんでしょ?
沢山働いてきて
沢山子育てしてきて
沢山家事や、介護してきてお疲れ様。
今度は自分が堂々と世話になってね!

って、皆が言ってあげられて
そして、その気持ちを
悪いなぁと思わずに
介護を受ける側が気持ちよく
受け入れられる(そこの個々の課題がなかなか難しいのだが)
そんな世の中になったらいいなぁと
思う。

そんなことを思いながら
とりあえず、その転倒した方は
整形外科への受診に、妹さんに連れていってもらうように、私から電話し、病院への連絡もして、サ高住の職員さんへの、今の状況の説明と、必要な介護のお願い、ケアマネージャーへの連絡もし、その件の私の今日の訪問看護としての役割は果たした。

訪問看護のできることなんて、
本当に限られていて、
中継ぎ、調整の役割が8割だなぁと思うのです。でも、それ次第で、生活が改善したり、
停滞したり、介護、医療系サービスの真ん中で
うまくそれらを繋いでいくのが
訪問看護の重要な仕事なのです。

色々思うところを書きましたが

どうか彼女が骨折していませんように。
彼女の痛みが、早く和らぎますように。

と祈りながら
受診の結果を待ちます。

やることやったら後は祈るのみ




今日も読んでいただいてありがとうございました。

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