老いと独り暮らし
~熱中症の季節です~
私は訪問看護ステーションの管理者ですが、兼務として『定期巡回随時対応型訪問看護介護』という、介護士と看護師が同じチームで在宅介護を支える介護保険のサービス事業所の管理者もしています。
定期巡回の訪問介護は、地域密着型サービスと呼ばれるものです。
その事業所がある市町村の住人が使えるサービスで、1日に複数回、必要なだけ、要介護度別に設定したお値段を、月々の包括払いでご利用いただけるサービスなのです。
ちなみに、普通の訪問看護や介護は、時間あたりのお値段で、使った分だけ積み上げ式でお会計が発生します。
定期巡回は、1日に何回訪問しても、お月謝性なので金額は変わりません。
1日に複数回介護員に安否を確認して欲しい方や、お食事やお薬を、声かけやお手伝いがないと毎回食べたり飲めたり出来ない方などによくご利用いただいています。
決まった時間の介護の定期的な巡回訪問だけではく、イレギュラーな出来事に対する依頼に、随時訪問することもできます。
排泄の失敗で汚してしまったお手伝いや、転んでしまって起きられない、家族では起こせない時、体調に不安があって看護師に相談したいとき等々、24時間、365日、いつでも連絡がついて、必要に応じて訪問対応が受けられる、独り暮らし等のお年寄りにとって、安心して自宅で生活を続けていくための事業なんです。
というわけで、お一人暮らしの方や、日中家族が働きに出て、留守にする家、老夫婦世帯などのご利用が多いのです。
今回これからお話しするお婆さんは
92才の独り暮らし。
生涯独身で、近くに親族もいません。
県外にいる甥っ子が、時々気にかけて
様子を見に来てくれていました。
今年に入って転んだり、ぶつけたりすることが増えてきました。今まではできていたお金の管理なども怪しくなってきました。
生活を見ていると、視力が落ちていることに気がついた甥っ子さん。
眼科に連れていきました。
両目が白内障でした。
手術を勧められました。
ご本人は少しいやがっていましたが受けることにしました。
手術前から、事前の点眼が処方されました。
病院からの指示通りできると思っていましたが、目薬が減っておらず、できていないことが解りました。
手術後は、1日に4回、5分おきに点眼の指示が病院から出ます。それは、一ヶ月に渡って続きます。
甥っ子さんも、ずっとは付いてはいられません。
そこで、点眼の声かけ、みまもりを1日に4回するために、定期巡回介護に依頼をいただきました。
このお婆さん、92才ですが、これまで介護保険のサービスを使ったことありませんでした。
一人でも近くのスーパーへ買い物へ行き、食材及び、お惣菜など買って、自分で生活出来ていたので、使う必要性が無かったのです。
ずっと独り身で気ままに暮らしてこられたので、初めは定期巡回の利用も嫌がっておられました。
でも、甥っ子さんに心配と、迷惑をかけてはいけないと思われ、しぶしぶ訪問を受け入れてくださいました。
でも、もともとはお話し好きの方だったようで、いざ訪問が始まってみれば、1日4回、毎回点眼3本、15分間の訪問中に職員相手に色々なお話しを聞かせてくださり、訪問はいつも和やかに、楽しい一時になりました。
お婆さんも表情が明るくなり、私たち介護員の訪問を楽しみにしてくださるようになったように感じました。
無事に両目、白内障の手術を終え、点眼もご自身で上手にされており、順調に思えていたのですが、季節は夏に差し掛かり、気温が上がってきた事で、点眼とは別の心配事が見えてきました。
お婆さんは、冷房が嫌いと言って、暑い日でも扇風機のみで過ごされていました。
エアコンは設置されているお宅です。
でも、つけません。
電気代がかかるし、クーラーは体に合わないと言われていました。
これ、すごくお年寄りに多いのです。
年をとると、皮膚感覚が鈍くなり、暑さを感じにくくなるのですが、感じにくいだけで、体は暑さに対して強いわけでは無いのです。
実際汗もかかれています。
昔はクーラーなんて無くても大丈夫だった。
そう言って、地球が温暖化した現代に生きながらも、昔の生活そのままを、自分の信念?としてか、頑なに貫こうとされる方が、多いのです。
それでも、お年寄りの情報収集の媒体、テレビでは、この季節になると、熱中症注意!の特集が毎日のように放送され、熱中症で何人運ばれたなんていうニュースもしょっちゅう流れています。それを皆さん、「へ~!大変だねぇ」って見ているんです。
それでも、自分事には繋がらない。
それは、お年寄りに限ったことではないかもしれません。
「今まで大丈夫だったんだから、まさか自分にはそんなことは起こるはずもない!」という過信。
若くてもそういう事ってありますよね。
ただ老人は、先ほども書きましたが、皮膚感覚が鈍いのです。暑さを感じにくいのです。
喉の乾きも感じにくく、水分摂取量が少なくなりがちです。しかも、トイレの失敗を恐れて、夜などはお茶、水を控える人も多いです。
体の筋肉量が少ないので、体に貯めておける水分も少ないのです。
だから脱水になりやすい!
このお婆さんの事を、介護員皆心配していました。訪問の度に、目薬だけでなく、水分摂取の促し、冷房の勧めなど声かけをしました。
ですがなかなか、実行はしてもらえずで、本格的な夏到来までには、なんとかしないと思っていた矢先でした。
たまたまその日は受診のため、訪問がキャンセルになっていました。
受診に連れていくために甥っ子さんが部屋に入ると、お婆さんが倒れていました。
発見したのは朝9時ごろ。
前日の最終訪問は、18時。
いつ倒れたかわかりません。
意識はありましたが、足を痛がって動けません。長いことそこにいたのか、失禁されていたそうです。
とにかく動けないので、救急車を呼びました。
熱中症と、大腿骨頸部骨折と、診断されました。
入院になり、手術を受けられるのだそうです。
熱中症で倒れて骨折したのか、転倒して骨折して動けなくなって、暑さと水分不足で熱中症になったのか、どっちが先なのかは解りません。
でも、いずれにしても、痛かっただろうし、苦しかっただろうなぁ。
電話はあるけれど、手の届く位置に無かったのです。
定期巡回では、緊急通報装置を無料で貸し出しできます。ペンダント式の、通報ボタンもあります。
でも、ご希望されず貸し出していませんでした。
この日は、たまたま甥っ子さんが来られたタイミングでした。
普段であれば、私たちの訪問の時間です。
私たちは、合鍵を持っていませんでした。
鍵を外で保管する、キーボックスのご利用もありませんでした。
私たちの訪問であれば、本人が倒れて出てこれない今回のような状況では、中に入れませんでした。
管理人さんや、甥っ子さんの到着を待って、もっと発見が遅れたことでしょう。
このタイミングでのこの事故は
不幸中の幸いでした。
このお婆さん、初めてお会いした時「私は独り者で、近くに身内もいないですし、人付き合いが苦手で、近所に仲良くしてる人もいません。でも、この生活が気ままで性に合っているんです。だから、死ぬ時も一人でここで死んで、何日もたって、死体で発見されるんだと思っています。甥っ子は近くに住むことを勧めてくれてるけど、私はそんな最後でもいいかなと思ってます」と、話されていました。
孤独死を、自分の未来として予想されていたのです。
そして、今回の事故の起こる前日夕方に訪問した介護員にこんな話をされていたそうです。「妹が二人いたの。二人とも私より先に亡くなってしまって、私だけがこんなに長生きしてしまってるんよ。妹の一人は、ここで二人で一緒に暮らすつもりで、この部屋を借りたんだけどね、借りて数日で、妹は転んで、打ち所が悪くて死んでしまったの。妹は、この部屋ではない所を勧めてたんだけど、私がここがいいって言って、ここに決まったの。私がここって言わなければ、今頃妹もまだ元気にしてたのかもなぁって、時々思い出すのよ。」話されたのだそうです。
そんな話を聞いた翌朝のこの事故の知らせ。
妹さんたちの計らいだったのかな。
天国にいる妹さんや、御先祖様たちが、一人で孤独で死なせるようなことがないように、目の手術、定期巡回の導入、甥っ子さんの来るタイミング、すべて采配された出来事だったのかもと、スタッフ間で話していました。
もちろん、偶然のタイミングや、神様仏様のご采配にばかり、期待している訳にはいかないので、私たちは今からできることを考えなければいけません。
今回の事故を受けて、通報装置や、キーボックスの設置の利点を、ご家族やご本人に説得力をもって伝えられるように、説明の仕方を工夫して使ってもらう事や、熱中症予防対策の強化など、このような事故がまた起こることがなくなるように、対策を練って、即実行していきます。
このお婆さん、骨折の手術後は、しばらく入院だと思われます。そして、年齢からも、回復具合にもよりますが、もとの独り暮らしは、なかなか厳しくなるのではと思います。
せっかく私たち職員とも馴染んで下さったので、点眼が終わった後も、お一人暮らしを支えるという目的で、継続してご利用していただけたらいいですね!とケアマネージャーや、甥っ子さんとも話していたので、帰ってこられないのはとても残念な気持ちはあります。
しかし、「最後まで住み慣れた家で暮らす」を支える定期巡回ではありますが、それが本当にその方の幸せなのか?
家の力で、元気が長持ちしたり、復活することもあるけれど、限界もあると思っています。住み慣れた家はもちろんいいけれど、その空間に一人でいる事よりも、常に誰かがそばにいる環境が必要になるタイミングというのもあるのかなと思います。
本人の言葉をそのまま採用し続けるのではなく、支える皆で、その人の幸せを考えていきたいですね。