
「それは『カネチネ病』です。」〜幼かった子ども達とのちょっとした思い出の話〜
まだ子供達が小学校低学年だった頃。長女は小さな頃から『ごっこ遊び』が大好きで、3歳下の弟を巻き込んでよく一緒に遊んでいた。
その中でも特に、『キティちゃんのお医者さんセット』で遊ぶのが大のお気に入り。大き目のぬいぐるみ達を相手に聴診器を当てては、「ちょっと風邪気味ですね。お薬出しておきますね〜。」「はい、次の方どうぞ。」なんて盛り上がっている。
いつも遊んでいたのは、リビングの隣にある和室。そこにはもうネットには繋いでいない中古のパソコンが置いてある。子供心に、実際の診察室っぽくてカッコイイ!と憧れていたらしく、キーボードをカチャカチャ打つ真似をしながら『お医者さんごっこ』に日々いそしんでいた。
ある日、実際にパソコンを触りたいと言うのでパソコンを立ち上げ、Wordなら適当に打てるかなと思い触らせてみた。小学校で少し文字入力を覚えたばかりで、娘は思いの外食いついた。打てるのはまだひらがなと少しの漢字だけだけど、真っ白な画面に文字が打ち込まれて行く様子が面白いらしい。
せっかくだから、ちょっと本物のお医者さん風に患者さんの症状とか打ち込めるようにしてみようかと思い立ち、Excelで簡単な雛形を作ってみた。
患者の名前と性別、病名や症状を打ち込めるようになって、娘がおぉ〜っとなっている。
そうすると作っているうちに私もちょっと楽しくなって来て、調子に乗って『病院の外看板(病院名と、診察曜日や診察時間が書いてあるヤツ)』や『本日の担当医(娘と息子の名前と顔写真入)』なんかも作ってみた。ちゃんとカラー印刷で。
和室の壁に貼ってみると、我ながら中々の出来栄え(写真残してなくてめっちゃ残念…)。
何なに?と2階にいた夫も様子を見に来る。
へ〜。よく出来てるやん。
(夫は特に、娘と息子がドヤ顔で写っている『本日の担当医』の看板に1番ウケていた)
外観に満足し、娘と息子もノリノリで診察を再開。
流れでぬいぐるみ達に混じり、私も診察を受ける患者さんになった。
沢山の人(ぬいぐるみ)が診察を待っていて、待合室はいっぱいだ。人気の病院なんだろうか。
待合で隣に座っているパンダさんに「今日はどこの具合が悪くて来られたんですか?」と話かけてみたが、余程しんどかったのか、パンダさんから返答は無かった。
そうこうしているうちに、
「次の方、どうぞ〜。」
診察室に呼ばれる。
「失礼します。」
パソコンに向かっていた娘(先生)がクルッとこちらに向き直り、にこやかな笑みを浮かべながら
「今日はどうされましたか?」
と聞いてくる。
息子はどうやら看護師役のようで、体温計を持って先生の隣でスタンバイしている。
「えっと…。あの、ここ最近体がすごくしんどくて。体も少し痛い感じです。」
「そうですか。じゃあまず順番に診察していきましょうね。」
そう言って、あ〜と大きなお口を開けて下さいねと私の口の奥を覗き込み、次に胸と背中に聴診器を当てる。さらに看護師さんから渡された体温計で熱を測ってみると、
「37.5℃、少し熱がありますね。」
「先生、一体なんの病気なんでしょう?」
「これは間違いなく、カネチネ病ですね。」
…カネチネ病?
えっと、先生。
それってどういう…?
「じゃあね、お薬出しておきますね。
これはすごくよく効くお薬でね、1度飲めばすぐに治りますからね〜。」
私の戸惑いをよそに、先生は笑顔でそう告げて、診察は終わった。看護師さんが
「お大事に〜」と笑顔で、そのすごく良く効くと言うお薬を渡してくれた。
服用∶1日1回 朝
「次の方、どうぞ〜。」
私の隣に座っていたパンダさんが呼ばれ、診察室に入って行く。かなり具合が悪そうだった。
大丈夫だろうか。
そして、どうしても『カネチネ病』がどんなものか知りたい私は、なんとかカルテを覗けないかと診察をこっそり覗いてみた。
パンダさんが診察を受けている。
『カネチネ病ですね〜。』
出た。また、カネチネ病だ。
私が知らない間に、世間では新たな病気が流行っていたのか…。だからパンダさんは話す元気も失っていたのか。カネチネ病、恐るべし。
先生がパソコンに打ち込んでいる、パンダさんのカルテをそっと覗いて見る。
パンダ
女
A型
カネチネ病
症状∶
ぜんしんこっせつ
歯ぜんぶむし歯
…重症だ。
私は知らぬ間に、こんな大変な病に体を侵されていたのか!
しかし全身骨折で、よく自力で病院に来れたな。
しんどすぎて、感覚が麻痺していたのか?
てか、入院しなくていいんだ。
あの薬、すげーな。
歯医者も真っ青やな。
その後も、『カネチネ病』患者が何人か続いた。
やっぱり流行ってるんだ。
怖い怖い。
診察がうさぎさんの番になった時、
「これは少し珍しい病気ですね。」
と話す先生の声が聞こえた。
カネチネ病以上の奇病がある!?
そっと診察室を覗いてみる。
パソコンのうさぎさんのカルテには
うさぎ
女
B型
ソラチネ病
症状∶
ぜんしんきんにくつう
…ぜんしんきんにくつう?
『ある日急になるんですよね。大丈夫、すぐに治りますよ。お薬だしておきますね〜。』
………シップかな。
うさぎさんが安心したように、診察室を後にする。
心なしか、その足取りは軽いように見える。
だって、筋肉痛だもんね…。
いや、でも確かにビックリするかもな。
子供の運動会の、保護者参加の綱引きに意気揚々と参加した後。次の日に筋肉痛がくるのかと思いきや、2、3日後に急激に全身に走るあの痛みと、さらに想像の倍以上の己の体の衰え具合に、心が静かに衝撃を受ける、あの感じ。
しかもなっかなか回復しない。
あれは確かに厄介な症状だ。
スーパードクターの診察は続く。
その後はたまにインフルエンザA型とB型の患者さんがいて、「ちょっとチクッとしますよ〜。」と、何かよくわからない注射を先生にされていた。
あんなに待合室に溢れかえっていた患者さんを全て診察し終えたスーパードクター。
本日の仕事を終え実に清々しい顔で、おやつにポテチを看護師と仲良く頬張っている。
その後も毎日病院は患者で溢れていた。
いつしか先生の診察スタイルは、
『患者を寝かし、その上から魔法の粉を振りかける』というものに変わっていった。
西洋医学から東洋医学へとシフトチェンジしたのだろうか。流石スーパードクター。間口が広い。
ストイックな探究心。
でも年月が過ぎ、知らぬ間にあの病院はなくなっていた。先生はもう引退されたのだろうか。
☆☆☆☆☆☆☆
先日、たまたま家族でこの『お医者さんごっこ』の話をして思い出していた。
『カネチネ病』
『歯ぜんぶむし歯』
これだけで家族全員が秒で笑える(笑)
中3になった娘に、
「全身骨折はまだわかるにしろ、何で症状が歯全部虫歯なん?」と聞くと
「だってご飯食べられへんのって、最悪やん」
と言われた。あれが子供なりに考えた『最悪の症状』だったらしい。
実に食いしん坊らしい娘の考え方(笑)
さらに
「なんで全身の骨折れてるのに、入院させてもらわれへんかったん?」
と質問すると、
「あの薬の凄さを表したかったから。1回飲んだだけで治ったら、すげ〜っ!ってなるやん。」
そうなんや。入院させたほうが病院儲かるのに、薬の効果を世に知らしめたいとは。
博士的な考え方やったんか(笑)
子供なりにちゃんと設定があったんだな。
「あの薬が本当にあったら、ノーベル賞もんやな〜」とか言いながら、懐かしい話は終わった。
架空の『カネチネ病』。
でも今後歳を重ねれば、骨がもろくなって『全身骨折』になったり、不摂生を続ければ『歯全部虫歯』もありえるかもな。
あの魔法みたいな薬があればな〜と一瞬思ったけれど。もしすぐに体が治っちゃうようになれば、体を大事にしなくなるかもな、とも思った。
人は病気や怪我があるからこそ、医療や健康の有り難さを知るもの。
将来『カネチネ病』にかからないようにしないとな。我が家にあのスーパードクターは、もういない。
やっぱり普段から健康に気をつけないとな。
懐かしい子供との他愛ない思い出を思い出しながら。そんな事を思った、なんでもない1日。