いつだって『今』が1番若いから。 〜立派な中年だけど、弓道を始めると決めた話〜
弓道をやりたい。
実は20歳ころからずっと憧れていた。
静かな空間。
集中。緊張感。
放たれた矢が空気を切り裂き、
ズバッと的に吸い込まれる。
特に理由はない。
「カッコイイ!」
ただこのひと言に尽きる。
当時通っていた短大に弓道部があったのに、別のことに熱中していて入部しなかった。
その後、就職し、結婚し、子育てに追われ、自分の時間を作る暇はなくなった。
憧れはいつしか忘却の彼方に。
でも、TVなんかで弓道のシーンが流れる度、あの時の憧れがひょっこり顔を出す。
すごいな。やっぱりカッコイイな。
あの時入部していればな…。
いい年の大人になってから、後悔は募るばかり。
子供達が成長し少し手が放せるようになってきたタイミングで、ネットで「弓道 初心者教室」で検索してみたことがある。
奇しくもコロナ禍真っ盛り。
どこもやってない。
あるいは遠方過ぎて通えない。
やっぱ、縁がないのかな…。
いったんスマホのホーム画面に近くの弓道連盟のホームページを貼り付け、画面を閉じた。
そして憧れは再び忘却の彼方に。
*******
2日前のこと。
何気なくスマホのホーム画面のアイコンの整理をしていた時。
何気なく、以前貼り付けた弓道連盟のホームページを開いてみた。
『弓道初心者教室募集中』
ばっと目に飛び込んで来た情報。
やってる!
全身の血が、ザワッとする。
え、ちょっと待って。
今年?
子供向けじゃなくて?
いつから?
締切は?
いっきに脳みそが忙しくなる。
【対象…18才以上】
【締切日…4月8日】
年は…
だいぶ過ぎてるけど大丈夫(笑)
えっと、今日何日?
4月3日。
間に合う!
【毎週水曜日夜 1期計12回】
【受講料…12000円】
夜なら行ける。
場所も車で30分弱のところ。
受講料も…貯めてたお小遣いがある。
でも、どうしよう…。
もうおばさんだよ?
運動神経そんなに良くないけど、出来る?
憧れだけで始めて大丈夫?
不安が一気に押し寄せてくる。
まてまてまてまて。
とりあえず、夫に相談してみる。
「弓道の初心者教室、募集しててやってみたいんだけど…。」
え、なに?
あぁ、弓道か。
ちょっとびっくりする夫。
「受講料はお小遣いで出せるし。場所も〇〇町だから自分で車で行けるし、どう思う…?」
急に浮上した『弓道』というワードが日常生活に馴染まず、夫はあまり想像が出来ない様子。
そこに
「確かにママ、前からずっと弓道やってみたいって言ってたもんね。」
と娘が会話に参戦。
「いや、さっきたまたま見つけて、これもタイミングかなって…。『今』が1番若いし、年いったらやりたい気持ちが薄れていくかも知れないし。」
自分の口から、思いがけず前向きな言葉がスラスラ出てくる。
まあ、そんなにやりたいんだったらやってみる?
夫が承諾してくれた。
もう夕方だけど、まだ受付の事務所は開いているよう。早速電話で確認してみる。
「大丈夫です。受付してますよ。営業時間中に申込みに来てください。」
いけそう。
「ママ、明日申込み行ってくるわ。」
「え、明日?ママそんなに弓道やりたいって思ってたんや。」
ちょっとびっくりしたわ、と娘。
うん。
実はママが1番びっくりしてる(笑)
次の日。
朝から車を走らせる。
目指すは2つ隣の町の体育館。
奇しくもこの町には4月から娘が通う高校がある。
縁があったのかな。
極度の方向音痴に加え、元々車の運転が好きじゃない私。行ったことがない場所にかなり緊張しながらも、無事現地に到着。
事務所に行くと、昨日電話対応してくれたと思われるお姉さんが出てきてくれた。無事に申込み書を書き、受講料を支払った。
5人以下で定員割れしたら中止って書いていたけど、現段階で13人の申込みがあるそう。
もうキャンセル出来ない期間に入っているし、お金も無駄にならなくて本当に良かった…(涙)。
「ちなみに弓道場はどこにありますか?」と尋ねるとお姉さんは場所を説明してくれて、さらに
「ちょうど今先生と、何人か練習されてますから見学出来ますよ。」とのこと。
ちょっとのぞいてみようかな。
軽い気持ちで弓道場へ。
すると入口で、袴姿の白髪の御婦人と鉢合わせ。
びっくりされた様子の御婦人。
「すみません。初心者教室に申込みをしたところで見学に…」と事情を話すと、「中へどうぞ」と招き入れられた。
人生初の弓道場。
5〜60前後の黒髪の男性が立っている。
ちょうど矢を射るところ。
ズバッ。
静かな弓道場に、
矢が的に刺さる音だけが響く。
思わず
「カッコイイ…!」
と心の声が、知らぬ間に口から出ていた。
すごい。
何これ。
めっちゃワクワクする。
両手を口に当て、
思わず乙女になるおばさん…(笑)
そこに、長身•白髪の、60代くらいの男性が。
御婦人が私のことを紹介してくれる。
優しげでいて、キリッとした佇まい。
この方が先生らしい。
「じゃあ、あちらの審判席で座って見学下さい。」と案内される。
次は御婦人。
ゆっくりと静かに弓を引く。
ズバッ。
放たれた矢が的に刺さる。
でも、御婦人は納得いかない様子で、先生にアドバイスを求めている。
素人目には何が悪いのか、全然わからない。
黒髪の男性が、再び弓を引く。
今度は矢が的を外れた。
男性も苦笑いしながら、先生からアドバイスをもらっている。
最後は先生。
静かに体勢を整え、弓を引く。
ズバッ。
的に当たる。
一回ごとに、丁寧な所作。
ただひたすらに的に向かい、集中する。
すごいな。ずっと見てられる。
もう少し見ていたい気持ちもあったけど、午後に用事もあったので10分程見学した後、おいとますることにした。
思いきって先生に、
「ありがとうございました。見ていてすごくワクワクしたんですが、自分に出来るかなって不安もあります。この年から、運動も何もしていない状態でも出来るものなんですか?」
と聞いてみた。すると
「80才の方がいるんですが、その人にも1から動作を教えて、弓を引くところまでいきましたよ。御本人の努力次第ですね。」
とおっしゃった。
80才!
上には上がいるもんだ。
すごすぎる…!
「そうなんですね…!頑張ってみます。今日はありがとうございました。お邪魔しました。」
そう言って帰ろうとしたら、御婦人が
「良かったら、これどうぞ。」
とカバンから出して手渡されたものが。
「ありがとうございます。すごく好きなんです!」
御婦人にお礼を言って、うなぎパイのお土産をありがたく頂戴した。
帰り道、車を運転しながら。
いや〜、すごかったな。
カッコよかったぁ…。
私も、あんな風に弓を引いてみたい…!
脳内大興奮。
受付でもらった詳細が書かれた用紙を確認すると、
今回の1期を終えた後に
↓
この場所で続けて2期まで受けて
↓
その後の3期はどこかの弓道連盟に所属して
↓
昇段試験を受ける
という流れになるらしい。
長い道程。
…出来るかな?の不安と
私もやりたい!のワクワクと。
今は半分半分で、全然落ち着かない。
でももう、やってみるって決めたしな。
とりあえずはこの1期。
一回一回まずは頑張ってみよう。
向いてるかも知れないし、向いてないかも知れないし、やってみないとわからない。
あんまり好きでもないスイミングに通った子供達は、本当にえらかったんだな…。
としみじみしながら。
教室が始まるまでの日々を、どうやって過ごそうかとあれこれ考えながら。
これから始まる新しい生活に、期待と不安を胸に抱きつつ。このドキドキは一体いつぶりだろうかと、一向に落ち着かない自分に苦笑いしている。