ヤフオクドームで1番ピザを売っていたわたしが学んだこと
「大学時代はヤフオクドームでバイトしていました! 」と話すと、「ビールの売り子? すごいね~ 」なんて言葉がたいてい返ってくる。「いえ、ピザなんです。売り上げ1位だったんですよ」と追加すると、みんな少しざわつく。え、ピザ?と。
ピザが大好きなので、ピザ屋さんでアルバイトしたいと思っていた。なるべく美味しそうなお店で、あわよくばたまに食べたいという下心で選んだお店は家の近所の少し高級感のある宅配ピザ屋さん。電話注文を受けてピザを作りはじめる。生地を伸ばし、ソースを塗り、決められた具材を決められた量乗せて焼く。店中にチーズの香ばしい香りが漂ったころ、焼きあがったピザをカットし、配達担当の人に預けて、お届けという流れだ。チーズが好きな私は、たくさんチーズを乗せた方が美味しいという考えが無意識に働き、いつも既定の量より多く乗せすぎて店長によく怒られていた。(チーズは原価が高い……)
さほど忙しくないときはバイトの先輩たちと「こんなに注文がなかったら潰れちゃうんじゃない~?」とケラケラ笑っていた。まさかその2年後に本当に潰れることになるとは思っていなかった。
働く場所が無くなってしまいどうしようかと思っていたところ、ヤフオクドーム店の店長からこっちにおいでよと誘われた。ホークス好きで、ドームの非日常なお祭り感が大好きな私は二つ返事で地元の店舗からドーム店へ移籍した。
飲食店のブースがぐるっと一周立ち並んでいるコンコースでのワゴン販売と、スーパーボックスという大勢でパーティーのように楽しむ部屋での注文販売と2つ仕事場所があった。スーパーボックスからの注文が入るとそのピザを作り、出来上がったものを運ぶ。上から試合の様子を眺めることができて楽しい仕事だったが、それよりワゴン販売の方がやりがいがあり、好きだった。
しかし、最初から好きだったわけではない。むしろ少しテンションの下がる嫌な仕事だった。何故かというと、まあ、とにかくピザが売れないからだ。そうだよなあ、みんな野球を見に来ているんだもんなあ。と半分諦めつつ、隣のワゴンのチキン屋さんやポップコーン屋さんには人が並ぶところを見ると、意地でもピザを売りたくなった。
そこで私は買ってもらうための戦略と戦術を考え始めた。
そもそもどんなお客さんがいるのか?と疑問に思い、人間観察を始めた。まず初めにドームに入ってくるお客さんはファンクラブ会員だ。この人たちはとにかく早く入って選手たちの練習風景を見たい!という人か、毎試合見に来ているのでゆったりと余裕をもってドームを楽しむシニアのご夫婦や地元の野球チームの子供たちと引率の大人たち、というパターンが多い。やはり急いでいる人たちは、毎度買いなれた選手のお弁当を素早く買っていく。子供たちはお小遣いを握りしめてたまにピザのところにやってくるが、少し高いかも……。としゅんとしながら帰っていく。シニアのご夫婦は、たまには買ってみようかしら、と選んでくれるのだ。
このように、お客さんをたくさん見ることでこの人は買ってくれそう、このように声をかけると興味を持ってくれそう、ということが段々分かってきた。
たくさん買ってもらうための絶好のタイミングはいくつかあるが、ひとつは交流戦、特に阪神と広島の時だ。とにかくお客さんのノリが良い。まず、お客さんと目を合わせるために身を乗り出し、「お兄さん!ピザいかがですか?」とその人に向かって声をかける。そうすると、「なんやお姉ちゃんピザ売っとるん?なんでビールやないの?」というように絡んでくれる。ある程度コミュニケーションが取れたらしゃあないな、買ってやるわ!とピザを買ってくれる。
客層の分析とその人たちのインサイトを考えた私は、とにかく明るくフレンドリーに立ち振る舞うことを心がけ、単なる売り子ではなく、親近感のある売り子として存在することと「その人」に向かって売ることにしたのだ。誰かが買ってくれたらいいや、ではなく「その人」に買ってもらうことを意識して接客した。
自分なりの売り方を確立した後は、ファンたちの応援の熱と球場という非日常的な空間を楽しむ人々の興奮を感じながら、いつも楽しく働くことが出来た。お酒を手にした男性二人組や、歩きながらもピザから目線が離れない女性を見つけては「お兄さん!お姉さん!出来立てのマルゲリータ美味しいですよ~!」と声を掛け、ちゃっかり通路のビジョンで試合状況を確認し、お客さんと「さっきのギータ惜しかったですね~」なんて会話を楽しむ。そんなことをしていたら売り上げもついてきた。1試合のうちに120枚くらい売った日があった。
このエピソードは、就職活動中に話すととてもウケがよかった。身振り手振りも加えながら自分らしく自然に話すことが出来たからだと思う。それと、「ヤフオクドームで1番ピザを売っていた」というワードの強さだろう。
実際、嘘ではない。が、ピザを売っていたお店は当時私の店舗だけだ。ワゴンでのピザの売り子は私ともう一人だけだ。私の方が売り上げが良かったので「ヤフオクドームで1番」という肩書になるのだ。伝え方が9割、とはこのことだ。今手元にある素材を相手に響くように届けられるということは強みになる。それがたとえ商品のピザでも、ピザを売って学んだことでも。
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