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ママがしてくれたこと

今日が3回目の命日。
家族でお墓参りをした。
午前中の雨がすっかり青空に変わって暖かい午後だった。

闘病中、ママは姉妹1人ずつに言葉をくれました。

まだ動けるとき、

「話せるうちに」と。

私には、

「家を建てたばっかりなのにごめん。パパのことをよろしく頼む。
生まれてきてくれてありがとう。
こんなにかわいくなってくれてありがとう。」

私を抱きしめながら言ってくれた。
抱きしめられたのなんていつぶりだろう。子供の頃ぶりだと思う。

私はお礼を言われるようなこと何もまだできてなかった。
生活も支えてもらってたし、子供の面倒もみてもらった。奨学金だって払ってもらった。
いろんなこともらってばっかりだった。

だから
「好きなことばっかしててごめん」
と謝った。

ママは
「そんなことない」
って言ってくれた。

妹たちに何を言ったかはわからない。でもそれぞれの心に残っているだろう。

少し状態が悪くなってきた頃、私は長男のサッカーの試合に行かなきゃいけなくて急いでいた。

そうしたら
「まって!これ渡さなきゃ〜」

って言って、箱を持ってきた。
それは真珠のネックレスだった。ママのおばさんがママにくれたもので、たまに私も借りていた。

でも今??このタイミング??

でもどうしても渡しときたかったみたい。
多分、思ったらすぐにやっとかなきゃって思っていたんだろう。

そのネックレスは大事に使っている。私も娘に渡せる様にしようと思う。

そして1番は人間の死に方だ。
病気で死ぬ人、事故で死ぬ人、殺される人。いろいろあるけど、本当の最後を看取らせてもらえたのは喜ばしいことだったのかもしれない。
最初は見たくなかったし、トラウマにもなったけど、人間って死ぬんだよ。ってことを教えてもらった。
ママもまだやりたいことあったと思うけど、いつ死がくるなんて分からない。
後悔しないように生きなきゃ。
あと無理はしないってこと。


3年というのは長いのか短いのか。
闘病中のことは少しずつうろ覚えになっていて、少し時系列が違ってたかもしれない。
でもその瞬間瞬間の光景は今でも鮮明に思い出せる。

3年で子供たちは小学生から中学生に。幼稚園から小学生に。
私は今年40才になる。

コロナはワクチン接種ができるようになって、今やインフルエンザと同じ扱い。

戦争も起きた。

地震も起きた。

夏はとにかく猛暑になって、冬は暖かい。

ママのいない世界はどんどん変わっていくよ。
でもママがいた風景は忘れない。

でもずっと立ち止まっていては行けないよね。
振り返るのは終わりにしようと思う。

それでも思い出すことはあると思う。でも私は私で生きたいと思うよ。

あがとうママ。

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