【書評】書店員花本武さんによる『ザ・キングファーザー』評
90年代のサッカーについてあれこれ考え、キングカズとマラドーナをこよなく愛する書店員花本武さんに2013年刊行の『ザ・キングファーザー』(田崎健太著)の書評を書いて頂きました。
世界が混沌としてきたのは、今にはじまったことではないし、もうどうすることもできないでしょうし、ありのままを受け入れる覚悟もないし、いつもいつでも、どこかの誰かが得してて、自分は馬鹿みたいな一生を永遠の暇つぶしみたいにやっていくしかないのか、と絶望しかけているのなら、この男の生き様を少し見習ってみてもいい。世界のNAYA。代償はでかいけど。
私は現役サッカー選手、三浦知良氏を尊敬してやまない。キングカズだ。そんな愛称をまるごと受け入れちゃう度量にまずは驚く。いろいろと無茶苦茶なエピソードに事欠かない人だがそのあたりを伝えるのが本稿の目的ではない。
キングをキングたらしめた人間の「業」を筆圧強めに綴った本、『ザ・キングファーザー』に今一度、光を当てたい。刊行時にサッカーファンは食いついたはずだが、それ以上の広がりを見せたかといえば、難しかったのではなかろうか。
唐突だが、大山倍達の本って超おもしろいでしょう。その感じが濃厚に漂っている。箆棒な人物の箆棒な人生には興味が尽きないものだ。
キングカズの父親、納谷宣雄の人生は一筋縄ではいかぬ。と自己申告もしているし、読了したいま、その言い草はむしろ控え目なくらいにも感じる。むしろ今後はキングカズの方を「あの納谷の息子」と称したいくらいだ。
親子の共通点がうっすら見えてくるのがおもしろい。端的に二人とも「ラテン」的なのだ。目立って女にモテたい、みたいな純粋な不純を持ち合わせている。
納谷が暗躍したのは、Jリーグ前夜から岡田監督によるカズの代表落ち宣告。日本のサッカーが沸騰していった時期だ。
日本初のサッカー用品専門店を立ち上げるが、それに飽き足りる男ではなかった。あれやこれやとおもいついた事業に手を染めては、投げ出して周囲を迷惑させるが本人はどこ吹く風だ。で、犯罪にまで手を染める。覚醒剤の運び屋まがいのことをしでかしたようで、二度逮捕されている。なんとも反社会的じゃないか。ダーティーだ。
だけれどもサッカーに対してだけは純粋だった。みたいなことを書きたくなるが、いろんなズルをしようと画策するし、ドーハの悲劇の裏にあった超驚きのズル未遂についてもふれていて、全く不純なのだ。ズルについてだと書きたくなるので書くが、マラドーナのゴッドハンド、あれはかなりズルい。が、私はカズと同じくらいマラドーナが好きだ。
サッカーに対しても不純な納谷だが、その熱情は狂おしいほど。そしてサッカーに人生を捧げんとする息子カズ、彼がこだわりつづけた日本代表への思慕は相当だ。
本書で知った納谷のサッカーがらみの仕事で、個人的に刺さるものが二点あった。
一つ目は往年の海外サッカー放映番組「ダイヤモンドサッカー」への映像提供。視聴するのがサッカー少年だった私の学習だった。納谷が手配した映像をあの頃の自分が観ていたかもしれないとおもうと感謝でいっぱいだ。
二つ目はミサンガですよ!日本にミサンガをもたらしたのが納谷だったなんて!!これは衝撃受けた。当時プロミスリングともよんでいた。腕か足かに巻くお守り。自然に切れたときに願いが叶うというフレコミで当時サッカーショップのレジ前に必ず置いてあった。スパイクを見繕うついでとかに、少年たちみんな買ってたぞ。どうでもよすぎる情報かもしれないが、私はブラジルの「フルミネンセ」というチームのロゴが入ったのを腕に巻いていた。その収益で納谷が甘い汁を吸っていたのか!?感慨深い。納谷の自由なビジネスがサッカーカルチャーに与えた影響は、過小評価できまい。
ブラジルと日本を行き来して、選手の育成に携わったインパクトはなおさら大きい。裏の顔ばかりが取り沙汰されすぎると見誤る。愛すべきサッカー親父の肖像を真正面から描いた『ザ・キングファーザー』は、せこくなっていく世の中にラテンの血を注入するカンフル剤としても機能するだろう。
『ザ・キングファーザー』
著 田崎健太
ページ数 224
判型 四六判
本体価格 1600円
出版社 カンゼン
発売日 2013年6月27日
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【評者プロフィール】
花本武(はなもと・たけし)
1977年、東京生まれ。書店員。
フットサルチーム「FC重版」に所属。90年代のサッカーについてあれこれ考えを深めている。影響を受けた選手は、「狂気の左サイドバック」こと都並敏史。
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花本さんには以前、『裸のJリーガー』(大泉実成著)の書評も書いて頂いています。あわせてぜひ!
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