カケラだけを掬い取って。
被験者Iはひとたび眠りにつけば
大抵のことは忘れる。
たとえその記憶が
Iを暖かく包み込むものであったとしても、
Iを引き裂き血まみれにするものであったとしても。
Iは液体として一日の記憶を心に注ぎ込む。
時には溢れてこぼれる。
たまには乾燥して干からびることもある。
一日のおわり。
Iは夢の中で心の中の液体をそっと追い出す。
落ちて流れゆくその記憶を愛おしそうに見つめながら。
Iは決してすべてを追い出すことはない。
上澄みだけを外に追いやるのだ。
底には結晶として残ったカケラが残っている。
その日の記憶が生み出したカケラ。
これがIが記憶として持てる唯一の物質である。
小学生の頃にひそかに集めていた校庭の砂の透明な粒の方がずっときれいだと私は思うけれど、
それでもIは集め続けているのだ。
執念深いともいえるぐらいに。
何が楽しくて集め続けるのだろうか?と疑問を抱きつつ記録する。
そうして、つい先日。
Iはとうとうやらかした。
せっかく集めてきたカケラを
すべて心の中に溶かしてしまった。
固体のときはほんの少しの輝きを持っていたあのカケラは
溶液になるとたちまち禍々しいものとなる。
次の瞬間。
Iは心の器をひっくり返した。
どろっとしたうねりをすべて外に追い出した。
消えた。
もう戻らないことは誰が見ても明白だ。
すがすがしい表情をするIになぜだと問いかける。
無視するI。
私は観測者i。
被験者Iに干渉してはならないのだ。
皮肉なことに被験者の方が物分かりが良い。
昨晩もいつも通りにカケラを集める作業をしていた。
ひどくつまらなさそうに。
思うようなカケラが取れなくなったのだという。
そりゃあそうだと呆れながらも私は何も言わずに記録をする。
iはIではない。
さて被験者Iは今日はどんな一日を過ごすのだろうか。
観測者iは引き続き観測を続けることとした。