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【心に響く漢詩】張籍「秋思」~秋風に募る望郷の情
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秋思 秋の思い
唐・張籍(ちょうせき)
洛陽城裏見秋風
欲作家書意萬重
復恐怱怱説不盡
行人臨發又開封
洛陽(らくよう)城裏(じょうり) 秋風(しゅうふう)を見(み)る
家書(かしょ)を作(つく)らんと欲(ほっ)して意(おもい)万重(ばんちょう)
復(ま)た恐(おそ)る 怱怱(そうそう)として説(と)き尽(つ)くさざるを
行人(こうじん)発(はっ)するに臨(のぞ)んで又(また)封(ふう)を開(ひら)く
漢詩を季節別に分けると、秋の詩が圧倒的に多いことに気づきます。
物悲しい秋の風物は、詩人の感慨をそそり、数々の名作を生んでいます。
中唐の詩人張籍(ちょうせき)に「秋思」という七言絶句があります。
秋風に触発されて、故郷に便りをする詩人の心理を歌っています。
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洛陽(らくよう)城裏(じょうり) 秋風(しゅうふう)を見(み)る
家書(かしょ)を作(つく)らんと欲(ほっ)して意(おもい)万重(ばんちょう)
――洛陽の町中を秋風が吹き抜けていくのを目にした。故郷の家族に手紙を書こうとすると、さまざまな思いが幾重にも重なって胸に湧き起こる。
「洛陽」は、今の河南省にある古都。唐代には、西都長安に対する東都として栄えました。
江南出身の張籍は、洛陽で役人勤めをしていました。落ち葉の舞う冷たい秋風が、異郷に身を置く者の郷愁を誘います。
復(ま)た恐(おそ)る 怱怱(そうそう)として説(と)き尽(つ)くさざるを
行人(こうじん)発(はっ)するに臨(のぞ)んで又(また)封(ふう)を開(ひら)く
――書き終えたものの、慌ただしく書いた手紙は、自分の気持ちを言い尽くせていないようで、気に掛かる。手紙を託す旅人が出発する間際、もう一度封を開いて読み返す。
「行人」は、旅人。この当時、まだ現代のような「郵便」という制度はありませんでした。私的な手紙は、たまたまその方面へ旅に出る人に託するよりほかなかったのです。
「秋思」は、散文で語るような調子で、平明自然に歌われている詩です。
積もり積もった思いは、容易には紙面に尽くしがたい。やっと書き上げてもまだ書き漏らしがあるようで気になる。閉じた書簡をまた開いて見ずにはいられない、という心情が描写されています。
ちょっとした心の動きが巧みにとらえられていて、淡々とした表現の中にしみじみとした情趣があります。
「秋思」は、日本では知名度が高くありませんが、中国語圏ではとてもよく知られていて、小学校の国語教材にも採録されています。
コミュニケーションは、もっぱらケータイやメールという時代。
今の若い人たちは、筆を執って便箋に文字を書くということが、ほとんどありません。
「手紙を書く」という行為とそれに付随する感慨は、いつしか映画や文学の世界でしか経験しないものになるのかもしれません。
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