代替肉は食肉の歴史を変えるのか
人類は先史時代から狩猟生活を送ってきました。
野生の動物や鳥類や魚類を獲る生活です。
やがて人類は牧畜を行うようになりました。
自らの手で家畜や家禽を育て始めました。
おかげで安定的に肉を確保できるようになりました。
じつは現代でもそれは変わっていません。
ジビエなどの野生の肉を食べる機会もありますが、
現在流通している肉のほとんどは畜産品です。
しかし野生であれ家畜であれ、肉を食べることは、
その動物の命をいただくということです。
人類は他の動物の命を奪って生きていく存在なのです。
それは生物としてやむを得ないことです。
エルトン・ジョンが「ライオンキング」で歌っていました。
地上に生まれたときから「サークル・オブ・ライフ」だと。
ところが近年新しい肉が現れました。
それが「代替肉」です。
その名の通り、従来の肉に代わる新しい肉です。
もう動物の命を犠牲にする必要はありません。
肉という呼び方をすべきかどうか疑問はありますが、
人類の食肉の歴史を変えるかもしれません。
ひと口に代替肉といってもいくつかの種類があります。
植物由来の原料から作るものを「疑似肉」といいます。
中でも大豆を使った疑似肉が「大豆ミート」です。
大豆油を搾った後の脱脂大豆を利用しています。
ですから脂肪分が少なく低カロリーです。
昔も豆腐のステーキやおからのハンバーグはありましたが、
いかにも肉ではないことがわかる料理でした。
ところが疑似肉は違います。味も食感も肉そのものです。
いわれなければ、肉ではないことがわかりません。
アメリカには多くの疑似肉ハンバーガーショップがあります。
ベジタリアンやビーガンにも愛されています。
一方、本物の肉を求める声も根強くあります。
それに応える代替肉が「培養肉」です。
動物から取り出した少量の筋肉の細胞を培養して、
作り出された肉のことです。
家畜を屠殺することなく、肉を生産できます。
将来はさらに需要が高まると期待されています。
ただし、代替肉にもまだ課題が残っています。
肉質が本物の肉に及ばないことです。
バラ肉やヒレ肉やモモ肉は再現できていません。
まして、レバやハツやカシラもまだです。
しかし、それが実現できれば料理だけではなく、
人類の食文化は大きく変わります。
食に対する価値観も変わります。
よい意味でも悪い意味でも。
期待がある反面、不安もあります。
本当に代替肉は必要なのでしょうか。
私たちは、肉を食べるということの本質をもう一度
よく考えなければならないのではないでしょうか。