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【物語の現場059】赤穂藩主夫妻と四十七士が眠る泉岳寺(写真)

「狩野岑信」の第八十一章で、赤穂浪士の一人・不破数右衛門にまつわる話を書きました。彼が米原の禅寺で新見典膳と立ち合ったのは第十二章でしたから、思えば遠くに来たものだ。

 それはともかく、写真は高輪の泉岳寺(東京都港区高輪、2023.11.8撮影)。

 右側の下が数右衛門を含む四十七士の墓所。奥の大石良雄(内蔵助)の墓だけ屋根付き。そして、写真の左上が藩主・浅野内匠頭長矩、左下が正室の瑤泉院(阿久里姫)の墓。

 赤穂藩サイドで最も好ましい人物は誰かと問われれば、瑤泉院と答えます。彼女の対応は常に冷静。また、史実として、四十七士の子弟の減刑を各所に訴え、さらに遺族の生活支援にも尽力しました。厳格な身分制の時代だからこそ、身分に応じた責任感や行動が求められる。その意味で、彼女だけが際立ってまともな気がするのです。

 逆に言えば、武家女性としてプライドの塊のような人で、物凄く冷めた心の持ち主だった可能性も。内匠頭との仲は良好だったと伝えられていますが、それも自らの役割を弁えた上での演技だったのかもしれません。ただ、大石よりは素直に善人と思っていいかな、と。