
「哀れなるものたち」は、時代とヒトに敏感でいたいなら今見るべき作品
「哀れなるものたち(原題:Poor Things)」が公開されたので、時間を作って見てきたのだけれど、とても良かったので推します。
というか同じ時代に生きている人で、時代と人に敏感でいたいなら、これは絶対に見たほうがいいと思える作品です。
作品概要
作品概要としては、2023年のイギリス・アイルランド・アメリカ合作のシュールSFロマンティック・コメディ。監督はヨルゴス・ランティモス、出演はエマ・ストーン、マーク・ラファロ、ウィレム・デフォー。
さらに、同作は、ヴェネチア金獅子賞、ゴールデングローブ賞、放送映画批評家協会賞、AFI Movies of the Year、アメリカ美術監督組合賞、アメリカ美術監督組合賞と錚々たる賞で、監督賞、演者賞、脚本賞、美術賞等様々な賞を受賞している作品でもあります。
原作は、アラスター・グレイ著の哀れなるものたち。
ストーリーとしては、「SFファンタジー的世界観のヨーロッパで、とある事情で成人女性の身体をもって生まれてしまった人間の、成長と冒険と自分探しの物語」です。
プロットだけ見ると「ふーん?」といった感じですが、これが見事なまでのふしぎ世界と、予測できない展開、そして良い役者の良い演技によって、素晴らしい映画になっていた。
哀れなるものたち、推しポイント
丁寧につくった世界観が良き
まず目につくのは、世界観。舞台は前世紀のヨーロッパぽいのだけれど、SFなので街にその時代にはない乗り物があったり、医療機器が特殊だったり、主人公の父親は医者なのでキメラ的に合成された動物と生活を共にしていたりする。
ちゃんと昔のロンドンをやったら、すすまみれのみすぼらしい世界になってしまうのだろうけど、そうならないように、ビジュアルが華やかで美しいものになるようにしている。これは、物語のはじまりとなるロンドンだけでなく、主人公らが旅して回る他の街や、その途上の移動手段となる船の上もそう。
ギリギリ受け入れられる美術とギミックを、遊び心満載で入れ込んでいる。これが見ていて楽しい。

また服装も、SF的美術とヴィクトリア朝時代くらいのビジュアルをとりこみつつも、主人公の天真爛漫さからくる着崩しや変化を逆手にとって、魅力的で飽きのこないものとなっていた。
キャラクターが良き
つづいてキャラクター。主人公のエマストーンは、成人女性なのに赤ちゃん、という始まりをするキャラクターの演技を丁寧に演じている。マーク・ラファロはすばらしいキモオヤジであり、ウィレム・デフォーは幼少時のトラウマを引きずった渋い医者のインテリパパ。最小限の登場人物でありながら、どれもしっかりとした演技をしていて、世界観に説得力を持たせていた。
とくにエマ・ストーン演じる、ベラ・バクスターは彼女なしではこの主人公の魅力は発揮できなかっただろう、と思えるほどの、文字通り裸を晒した体当たりの演技をしていて、それだけでも一見の価値あり。

展開と描写
さらに重要なのは展開と描写です。
この物語の重要な要素として、成人赤ちゃん役の主人公の成長ですが、劇中の事件によってヒロインが少しづつ変化していく様が、そのままエマ・ストーンという女優の多面的、多層的な姿を見ることに繋がっており、演出的にもビジュアル的にも満足度が高いものとなっています。
キャラクター変化につながる事件については、前半は三大欲求に絡むもので、後半は知性に絡むものになっています。人はものを食べるとき、性的な振る舞いをするとき、寝るときというのは生々しいものなのだけれど、エマ・ストーンが演じてみせたそれは、主人公の純粋さもあいまって昨今の作品では見られない命の煌きが感じられるものになっていた。またそこから成長した主人公に知性が同居しはじめるとさらに魅力を増すのもすごかった。

諸々の描写はフラットにみると、おっさんなどはエマ・ストーンの裸シーンにはエログロサービス描写としか受け取らないかもしれませんが、諸々の行為自体は、ちゃんと主人公の変化と表裏になっていて、彼女の知識の吸収、世界の認知と連動する形で、ちゃんと物語を進めるための必然性のあるエログロになっているのがすごかった。
メッセージ
そして最後にメッセージについて。
この作品は女性主人公の、生と死とセクシャルなものと社会規範を扱った物語になっています。
現代はフェミニズムとかポリコレとか、そういう用語が飛び交っている時代なので、社会的なものをみようとすると、抑圧とそこからの脱却といった要素を前提に物語を見てしまいがちです。実際、他の人のレビューをみるとそういった部分への言及もありましたが、僕が通してみた後で抱いた個人的感想としては、作品の根底にあるのは社会的な話でも、単なる成長譚とかでもなくて、シンプルに人間讃歌だと思ったんですよね。
この作品は、赤子のような成人女性が、世のエログロや生と死、男女を体験することで、一つの成長をみせる物語です。そこには期せずして、生まれて死ぬことの有り様がキュッとつめこまれるような形になっています。全体としてみると生まれてきたあらゆる「みっともないもの」を肯定するように作られているんですよね。そこから「いろいろ格好をつけてもどう取り繕っても人間はこういうものだよね」、という感想を抱かずにはいられなかった。
というか、世の中の最近の作品というのは、だいたいわかりやすくするために「社会的な作品は欲望を醜いものと考えがち」で「反社会的な作品は知性をバカにする」んだけど、この作品は欲望と知性を同時に同居させ尊重していることがすごかった。
一見フェミポリコレふうにみえて、それらもバカにしていて、もっと深いところにリーチしているのです。哀れなるものたちとは、私達視聴者も含めた全てのことを指しており、それらすべてを哀れと言いつつ慈しんでいたのがすごかった。
だから「人間讃歌」だと感じたのです。
この作品からは、過剰なところ、不快感を抱くところ、テーマだと感じるところは人によって色々あると思いますが、それら批評者のすべて取り込んでしまう深さがある作品でした。
で、なんで見たほうがいいのか?
で、推しポイントを踏まえた上で「何で見たほうがいいか?」って話なんですけども、雑多な現代の様々な有り様、社会問題、活動をちゃんと包括した作品になっているからですね。
「現代は雑多でツッコミが多い大変な時代だけれど、完璧であることにこだわらず力強く生きようよ」と。
こういう「全肯定する力強さをもった作品」を、リアルタイムで見る機会というのはそうないので、見て感じておいたほうがいいよ、という話なのです。自分の感性が涸れていないと思うなら、涸れたくないならなおのこと。
以上、哀れなるものたちのオススメ話でした。
余談:個人的関連作品
登場人物にマーク・ラファロが出てくるんですが、ハルクの学者とは違ったキモオヤジで良き。
個人的にはアルジャーノンに花束を、みたいな、赤子が大人になる変化が感じられたのも良かった。
あとタランティーノのワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッドに出ていたマーガレット・クアリーという天真爛漫女子も出ていたんですが、これも良き。
※サムネ絵/文:かのえの