絶望缶と希望缶(絶望編)
1.不思議な自動販売機
ホットコーヒーを買おうと100円で買える自動販売機を探す。最近はコンビニ店で売っている缶コーヒーも高いからなあ。そう思いながら俺は寒空のもとを歩いて100円の自動販売機を探していた。嫌な出来事があって苛々が募っていた。探している時に限ってなかなか見つからないものだ。ふと見ると目の前に自動販売機が現れた。それは紫色の自動販売機で、全面の目立つ所に「お店の主人が趣味でやっている100円占い缶」という素人っぽい宣伝文句が書かれていた。側面には「占い館白薔薇」と文字が入っている。占いの宣伝として置かれているのならミスマッチもいいところ。当然ながら大手企業のドリンク商品は並んでいない。おかしな自動販売機だった。おまけに100円の表示の代わりに「絶望」の文字がズラッとならんでいる。いたずらなのだろうか。ドッキリなのだろうか、ふざけているのだろうか。支払いが「絶望」とはどういう意味なのだろう。俺は近くにカメラが仕込まれていないか見回した。しかし特に何も仕掛けられてはいなさそうだ。とりあえずいつもの習慣で100円の硬貨を入れる投入口に硬貨を入れてみる。
チャリン
チャリン
入れた硬貨がすぐさま返却口から返却されてきた。
チッ!なんだよ。自動販売機すら俺を拒否するのか。そう心の中で文句を言いつつも再び投入口に入れた。しかしまた硬貨がもどって出てくる。一体なんなんだよくそっ!とまた悪態をついた。この自販機のオーナーに電話して文句を言うために隈なく電話番号を探したが連絡先は見当たらない。ガンっと軽く蹴りを入れた。二度目の蹴りを入れようとすると突然、機械的な人工知能のような声が流れてきた。「スピーカーから音声による絶望を話して支払いを完了させてください」いきなり声が流れてきたのでビクッとする。乱暴に蹴ったのでどこかで見ていた誰かに怒られたのかと思った。
ああ驚いた。他社との差別化だか面白さを追求しているのか。なんだかわかんねえが普通に買いたいんだよな俺は。面倒だなとため息を吐いた。
だがどうせ暇な俺だった。ひとつ付き合って見たところで大きな損はないだろう。
俺はスピーカーに顔を近づけて喋ってみた。
「あー、あー、聞こえますか?本日は悪天なり。先週わたしの経営する会社は巷でも蔓延した世界的殺人ウィルスの影響を受けて倒産しました。おかげでわたしは来月から無職です。住宅ローンが3千万ほどと会社の債務が約8千万円と個人的な借金が3百万円あります。妻は以前から別居しており先日離婚届が送られてきましてね。わたしの今後は絶望的です。もういっそのこと首を括ろうかと思っています。」
俺は話を盛った。会社が倒産したというのは嘘になる。しかし実際に利益はというと赤字続きで一向に黒字に転換できずにいる。精神的には資金繰りで毎月毎月かなり追い詰められていた。それは俺には重圧に耐えきれないほど重くのしかかっていた。だから事実上本気で厳しいことは確かである。
都会の片隅の路地裏にシンとした夜の空気が流れていた。静かすぎる、と思った。
突然、「ガタン」と何かが落ちてくる音がした。下方を見ると取り出し口の一番端の方に辛うじて缶らしきものが確認できた。しゃがみ込んで取り出し口の奥まで手を突っ込んでみる。いつも思うのだが自販機の取り出し口とはなぜこのように取り出しにくいのだろうか、と考えながら手にした缶はわずかな街灯の灯りに照らされて銀色にキラキラと光っていた。珈琲と筆文字のデザインで書かれている。あたたかい。まるで俺の考えを見透かしたようにしっかりと希望通りホットだった。しかし品名もロゴも会社名も見当たらない。どうしようか。とてつもなく怪しいが飲んでも安全なのだろうか。暗いのでわからなかったが、この自動販売機はビルの前に立っていて、一階には店舗が入っていた。「占い館白薔薇」と入口には書いてある。持ち主の所在が明白であれば安心できるのかもしれない。
いや、それでも飲むのはやめておくべきだと心の中で制止がかかった。俺はとりあえず、まだあたたかい銀の缶をポケットに入れて歩き出した。
2.奇妙な変化
喉が渇いていたという理由があった上に不運な出来事が重なって、もうダメだという投げやりな気持ちになっていたので、勢いで飲むことにした。店が管理しているなら商品として一応は大丈夫だろう。万が一にもこれで毒入りだったとして、死んだとしても運命だと思って潔くあきらめるつもりだ。
俺は缶を開けた。
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