お金に対する欲望 × 昭和の仄暗い × 三菱UFJ銀行貸金庫窃盗事件
貸金庫です。三菱UFJ銀行です。
あまり話題にならなくなったので、話し始めたいと思います。
三菱UFJ銀行練馬支店、玉川支店における『貸金庫窃盗事件』は前代未聞の被害額の大きさで注目を集めました(「金融犯罪史」に刻まれる事件でしょう)。また、銀行の稚拙な管理体制が非難を浴びています。
犯人(当時銀行行員)にとって、最大の葛藤は1回目の窃盗であったと思われます。その厚い壁を乗り越えたあとは、まるで潮が引くように抵抗感、罪悪感が霧散していったのではないでしょうか。
それにしても4年半にもわたって、事件が発覚しなかったのは驚愕に値します(防犯カメラも設置されていなかったとか)。
そもそも銀行は金融業のプロですが、貸金庫サービスやセキュリティ付きのセーフティーボックスの管理業は「本業」ではありません(広義の不動産業に近いものでしょう)。
個人的な意見ですが、銀行はそもそも、貸金庫サービスにあまり「やる気」を感じていないのではないでしょうか(貸金庫とは「場所貸し業」であり、安定収入は期待できますが、利益そのものが伸びていくタイプのサービスではありません)。
この事件を機に、貸金庫サービスから撤退する銀行が出てくるとわたしは予想します。セキュリティに設備投資をし、頑強なスペースを貸し出すサービス会社は他にも存在するためです。
わたしは本日のタイトルに「昭和の仄暗い」という言葉を添えました。このような言い方をするには理由があります。しかしその前に、若干の前置きをさせてください。この窃盗事件、「犯人側」から見ると、貸金庫の中身は大きく「2種類」に分かれます。それは「換金できるもの」と「換金できないもの」です。
1 換金できるもの・・現金(外貨含む)、金(ゴールド)
2 換金できないもの・・各種契約書、有価証券、保険証券、不動産の権利書、実印、銀行通帳、銀行印、遺言書、宝石、装飾品など
※宝石、装飾品は換金不可ではないですが、安定した市場価格が存在せず、流動性も金(ゴールド)に比べて劣るため、ここでは換金できないものとしました。
貸金庫の「利用者」にとっては、換金できないものこそ真の貴重品です。これらを貸金庫に預けたい理由は明白でしょう。安全性の確保です。万一の事態に備え、自宅とは別の場所に貴重品を保管しておきたいというニーズは底堅くあります。ただ、本事件とは直接関わりがないためこれ以上言及しません。
わたしが深堀りしたいのは1の、貸金庫に預けた現金と金(ゴールド)です。報道によれば、犯人は当初現金のみを盗み取っていたといいます。
「現金?」
これは奇妙です。約款上、銀行の貸金庫には「現金」を預けてはいけないと定められています(念のため、ゴールドは貸金庫に保管できる物品の中に含まれます)。そもそも、現金を貸金庫に保管するくらいなら、銀行に預金したほうが利息も付きます。
しかし、問題の本質はそこではなく、「銀行に預金したくないお金」だからこそ、わざわざ貸金庫に預けていたわけです。
―それは、仄かに後ろ暗いお金なのかもしれません。―
長期、短期を問わず、あまり表立って知られたくないお金(現金)を貸金庫に預けておく。秘匿性という意味で、銀行の「貸金庫」よりふさわしいお金の置き場所はありません。なぜなら、サービス提供側(銀行)が、顧客がボックスに何を入れたかについていっさい関与しないためです。
・銀行の貸金庫に「現金」を預けてはいけない
・銀行は貸金庫に「何が」入っているか関与しない
あなたがオトナならこの意味は分かりますね。すなわち実際は、銀行の貸金庫に「現金」を置く人はいるけれど、金庫を貸す側も、借りる側も「そんなことはないよ」という建前を通すわけです。この、いかにもグレーで昭和な空間(解釈)を利用したのが、今回の貸金庫窃盗事件の犯人です。
三菱UFJ銀行の当時の行員(犯人)は、現金を盗んだとしても(かつ顧客がそれに気付いたとしても)、現金の減少や逸失を警察に届け出る可能性は「ある程度低いはずだ」と踏んでいたわけです(※ここでは銀行自身の杜撰な管理体制についてはスルーします)。
貸す側も借りる側も、貸金庫に現金を置く人がいるという共通認識を持ち、グレーをグレーの状態で保つために「あえて」防犯カメラを設置しなかったのでは・・という類推は大胆に過ぎるでしょうか。
わたしは今回の事件に、「ホントは駄目だけど、物事にはそんな部分もあるよね」という、昭和のなれ合い気質を嗅ぎ取ってしまう一人です。
※誤解がないよう申し添えると、「換金できない貴重品」を貸金庫に預ける、大部分の健全なユーザーには上記は何ら関係のないことなのです。
ところで、預金するのではなく、貸金庫に「現金」として置きたかったお金とは、いったいどんなお金なのでしょう。
リベートかもしれません。個人対個人の、つまりは会社に隠れて授受されていたキックバックかもしれません。あるいは商行為において、正規の取引金額(売買金額)とは別に渡された裏のお金だったのかもしれません。
あるいはもっとシンプルに、過小申告をするため、余剰なお金を貸金庫に入れておいたのかもしれません。いずれも「現金」が幅を利かせていた昭和時代の「なごり」です。
こんな想像をしてみましょう。
貸金庫に「現金」は不可 → でも5千万円を置く(この金額自体、第三者に証明することは出来ない。なぜなら秘匿性が保たれているから)→ 2千万円が詐取される → その事実に気付く → 銀行に問い合わせる?(→警察に届け出る?)
こう考えると銀行の貸金庫は、犯罪を誘発する培養室のような空間だったと言わざるを得ません。
ところで、本事件の犯人は、事件発覚のピンチを幾度も凌いでいます。ある時、顧客から「金庫の中身が違っているのでは」という指摘を受けます。この文言自体が抽象的なのですが、それには理由があります。つまりこれは(貸金庫に預けている)現金が減っているのでは?という指摘だったのではないでしょうか。
預けてはいけないものを預けている側のクレームであるため、文言そのものがあいまいです。そして受け答えする犯人(貸金庫の管理責任者)も、そのあいまいさの理由を熟知しているわけです。その場はうまくはぐらかし、後日「お忘れ物、ございましたよ」と犯人は顧客に連絡を入れています。
お忘れ物!
この場合、犯人の取り繕いの仕方はこうです。A顧客の現金を詐取する(例えば2千万円)→ A顧客からクレームが出る → 慌てて別のB顧客の現金を詐取し、A顧客の不足分を穴埋めするという手順です。
報道によれば、犯人はFX(外国為替証拠金取引)や競馬にのめり込んでいたといいます。
補填の仕方も段々エスカレートします。例えばC顧客の現金を詐取する(例えば5千万円)→ C顧客からクレーム → 慌てて別のD顧客の金(ゴールド)を質入れして現金を用意し、C顧客の不足分を穴埋めする → いっぽう質屋には質流れにならないよう、せっせと利息を支払う・・といったような所業です。
あるいは、こんなピンチもありました。ある時、不意に貸金庫室に顧客が訪れます。犯人はその顧客の現金をまさに詐取しており(あるいはゴールドを質屋に入れており)、咄嗟に貸金庫室への入退室システムの電源を切ります。そして「故障のため本日は入室できません」と偽っていたのです。
上記、まるでアナログな(昭和的)隠蔽工作を許してしまっていた、三菱UFJ銀行の監督責任は重たいと言わざるを得ません。
ところで、あなたは疑問に思われないでしょうか。
犯人には幾度も不自然な行動があったにも関わらず、他の行員の無関心さ、気にしなさが際立ちます。冒頭わたしは、銀行は貸金庫サービスに「やる気」がないと述べました。銀行にとって貸金庫とは隅で生息するマイナーなサービスであり、金庫の管理責任者だった犯人は、まさにそのマイナーさを悪用したと云えます。
お金を詐取する事件において、「まさかあの人が・・」と犯人を形容することは多々あります。巨大なお金は私たちの仄暗い欲望を増幅させ、暴走させる力を有しているのです。