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素敵な越後の女性たち♡

今回、フォローさせていただいているmagenta-hikariさんが一時帰国されて、出生地である「長岡」へ旅行されたそうです!


特にこの記事の「母国」という2文字に、キュンとしてしまいます・・

海外で生活する人たち(私も人生の約半分海外生活者でした)からすると、この2文字には、深い「想い」を感じるんですよね・・・。

実は最近、ちょっとnoteをお休みしようかな?!と思っていた時だったので、「hikariさんが今回、長岡に行かれたとは・・こんなこともあるんだ~!!」と、このnoteの奇跡にとっても驚き、かつ大変ありがたかったのです。

hikariさんがさらっとつぶやいて下さったおかげで、このnoteを始めたきっかけなどを再確認し、やっぱりこれからも、書いていこう~!!と、改めて思うことができたのです。

この場をお借りして、hikariさん、心から感謝しております。

ありがとうございました🙏

日本夜景遺産から「長岡まつり大花火大会」http://yakei-isan.jp/spot/detail.php?id=106


そしてまた、このお話を・・
長岡旅行をご一緒した、山形の友人に共有すると・・
彼女の新潟への熱い想いから、ひとりの女性N子さんのお話を聞かせていただいたのです。
(その友人の文章はとても分かりやすいので、ご本人許可を得てこちらにアップさせていただきます。)

「今回の豪雨で、オールドラテン音楽ファン繋がりの長岡の方からお見舞いのメール、新潟の方からお見舞いのお電話を頂きました。

やっぱり、新潟の方々って優しいんですよ。本当に。
色々と災害も多いから、人の痛みが分かる地域の方々なのかも。

オールドラテンファンで、私の憧れ、新潟のN子さんの近況久々に聞いてまた驚きました。そのN子さんは93歳で一人暮らし。
息子さんが大阪。娘さんは東京にお住まい。
私がお付き合いがあったのはNlさんが80代の時。

長年のアルゼンチンタンゴファン、菅原洋一さんの熱烈なファン。
菅原洋一さんの追っかけ、をしてた。

な、なんと、93歳の今も、椿山荘に泊まって、菅原洋一さんのディナーショーに参加。今も菅原洋一さんの追っかけ、継続中だそうです。

私に電話を下さった方は、『みんな年をとって動けない。N子さんが1番優雅だ。』と仰ってた。

私がお付き合いのあった頃から、東京へしょっちゅうタンゴを聴きに行く方でした。
10代の時に、父親の蓄音器で聞いたのがタンゴとの出会いだそうです。
高齢でタンゴを1人で聴きに行くのは、自分しかいないので、どこにもいっても大切にされるっていってた。

またラテン音楽愛好会の例会、レコードコンサートは
毎月二曲選して、一人ひとりが、自分の好きな曲、おすすめの曲を皆さんに聞いてもらい、ラジオDJのように曲解説をするんですね。
若い頃から、皆さんずーっと、レコードコンサートで曲解説しているので、お話が上手なんです。
もちろんN子さんも、滑舌よく、お話上手です。

結婚生活は、親の決めた見合い結婚。
戦争から帰ってきた、マザコンの暴力を振る夫だった。
グーで殴られ、壁に吹き飛ばされた。
その夫に、嫌だったけど長年連れ添って、解放されるのはタンゴを聴く時だった。
夫を最後まで家で看取って、夫がいなくなってからが、ご褒美の人生。
タンゴを聴きに、ダンスを始め、菅原洋一さんの追っかけを始める‥

初めてお会いした時に、NHKの番組がくだらな過ぎる。
あまりにも酷いので、NHKにクレームを入れたと仰ってました。
東京の娘さん宅に行った際に、日曜日の朝の番組を一緒に見ながらTVは嘘ばっかり、本当の事を伝えてないから、あまり見ない方がいいよと娘さんに伝えた。

当時、N子さんは80代後半ですからね。
この世代の人とは思えない、今の人の発言、なんです。

基本、東京に行っても、娘と娘の夫に気を使わせるので
極力、頼らないでホテルに泊まることにしている。
『君のお母さんは、また東京に来たの?遊びすぎじゃないの?』と娘の夫に言われるので。(※コロナ前のことです。)


N子さんは、初めて会った時から「ピンピンコロリ」で逝くわよ、行くわよと言っていた。

「ピンピンコロリ」という言葉を実感を持って初めて聞いたのが、N子さんの言葉です。


平成31年2月28日にNHKから、2020年前期に古関裕而・金子夫妻をモデルとした連続テレビ小説「エール」を放送していた。
少女時代、お父さんの蓄音機で古関裕而さんの音楽を聴いていたN子さんは福島県の古関裕而記念館に行ってみたくて仕方がなくなり、東京の娘に内緒で、思い立って1人で福島へバス旅行をした。

途中、連絡が取れない状態の中、娘から携帯に電話が入り
「お母さん、どこ行ってんのよー!」と叱られた。

90歳前、で思い立って一人旅。
私もこの話を聞いた時は驚きました。
バスの運転手さんも、記念館の方も皆さん、よくして下さったそうです。


あぁ、N子さんを語るとやめられない。久々に思い出しました。
新潟の女友達から『化け物』と言われてました。

1番、見事だなーと思ったことは、新潟のお家を、自分が亡くなった後に大阪と東京の子供達が困らないように
死んだ後に解体するように、地元の業者さんに全て頼んであるというんです。

家の処分の段取りをして、好きなことをやっている。
死んだ後に、子供達が家に来たらすぐに業者がわかるようしてあるそうです。

今でも1人で東京に行っているんだろうか.…

私の母親90歳は、もうご近所にしか1人では出かけられないです。

新潟の女性は、強い💪、見事、というお話でした。」


いやぁ~~~~!!

友人の新潟、越後に対する熱い想いに、圧倒されてしまいました!!!


何よりもそれが、ひとりの女性N子さんの生き方を通してなのです・・

しなやかさと、力強さが美しく共存している・・・

それも、じわじわと根底からくるような・・・です。

素敵過ぎます!!


同時に、ここnoteでも(私が知っている範囲ではありますが)
越後出身であられる・・・

hirariさんや・・・

 
私がnoteを始めた7年前から、お世話になっている
悠凛さんなど・・・



本当に、越後の女性たちは素敵ですよね~~♡


いつもありがとうございます。

どうぞこれからも、よろしくお願いいたします!!





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白滝みえ
拙い文章を読んで頂いて、ありがとうございました。 できればいつか、各国・各地域の地理を中心とした歴史をわかりやすく「絵本」に表現したい!と思ってます。皆さんのご支援は、絵本のステキな1ページとなるでしょう。ありがとうございます♡

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