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江戸の川柳 女房の聞くやうに読むにせ手紙 柄井川柳の誹風柳多留六篇①


 川柳は江戸時代に柄井川柳からいせんりゅう(1718~1790)が完成した五七五の文芸。現代の川柳と区別して古川柳こせんりゅうと呼ばれる。松尾芭蕉の完成したものは「芭蕉」ではなく「俳句」と呼ばれるが、「川柳」だけは柄井川柳の名を使っている。
 古川柳は参加料を払って七七のお題にあわせて作った五七五の作品を応募し、優秀作には賞金の出るもの。その選者である柄井川柳のものが人気を博し、年間の優秀作を集めた「誹風柳多留はいふうやなぎたる」(1765~1840)が毎年作られた。その六篇を紹介する。全5回の1回目。
 この記事では、読みやすい表記にしたものの次に、記載番号と原本の表記、そして七七のお題(前句まえくという)をつける。調子に乗ったら、自己流の意訳と、七七のコメントをつけているものもある。

 


子を抱いて総身そうみのすくむ相撲取り


13 子をだいて惣身そうみのすくむ角力すもうとり  めんどうなことめんどうなこと

 生まれたての赤ちゃんなんてすぐに壊れてしまいそうで抱くのが恐い。病院から帰ってきたばかりの赤ん坊が、あまりに小さく、あまりに壊れそうで、どうしていいかわからず、しばらくじっと見つめていたものだ。
 体のでかい相撲取りが、小さな赤ちゃんを抱いたら、そりゃあ壊れそうで恐いことだろう。そんな相撲取りの気持ちになって詠んだ句。
 こういう日常生活を五七五の川柳にする。「惣身そうみ」は、全身。
 七七の前句は「面倒めんどうなこと」(めんどうなこと)とある。ここでは体裁ていさいが悪い、見苦しい、という意味で作品を作ったのかな。
 相撲取りのような強い人に抱いてもらうと、赤ちゃんが丈夫に育つと思われていたから、無理矢理抱かせられた相撲取りの思いかもわからないね。

恐々こわごわと赤ちゃんを抱く初のパパ
あまりに小さく壊れそうだよ

 


和尚おしょう様苦しいわけは二世帯ふたせたい


59 和尚おしょうさまくるしいわけは二たふた世帯せたい  なぐさみにけりなぐさみにけり

 生臭坊主なまぐさぼうずめかけを囲ってなぐさみ者にしている(なぐさみにけり)。本宅、別宅と家が二軒あるのだから、経済的に苦しくなる。
 いつもは庶民にとって権力者である坊主を皮肉った句。

和尚様夜は別宅通いづめ
家賃も必要精力もいる

 


とびじらみ女房にゆすりぬかれたり


40 とびじらみ女房にゆすりぬかれたり  だまりこそすれだまりこそすれ

 「とびじらみ」は陰毛につく「毛じらみ」のこと。女房が毛じらみを亭主からうつされた。じゃあ亭主はどこでうつされたのか。反論できない(だまりこそすれ)亭主は、女房の望むままに高い買い物をする。それを「ゆすられた」と言うのだ。

性病をうつされ慰謝料請求す
治る病気はまだましなのさ


 

女房の聞くやうように読むにせ手紙


71 女房の聞くやうようによむにせ手紙  ふかことかなふかひことかな

 わざと女房に聞かせるようにウソの手紙を読む。深い(ふかひことかな)理由があるのだ。
 男尊女卑の時代といっても、いつも女房に頭の上がらぬ夫の姿。男女のやりとりの機微きびを句にしている。

会話中電話かかったフリをする
長い話を断る方法

 ニセ手紙は現代はニセ電話か。ニセ電話やニセメールは詐欺も多いから気をつけよう。

 


 これまでたくさんの古川柳を紹介してきた。100年以上昔の人たちも、今の我々と同じようなことを思いながら生きている。そして五七五の作品を作りながらストレス発散をしていたのだろう。
 

 タイトル画像は江戸時代中期の画家、伊藤若冲じゃくちゅう(1716~1800)の模写。ニワトリの絵を多く描いている。江戸時代は、文芸や絵画が多様に発展した。心に余裕があったのだろう。

 



 今まで紹介した古川柳のまとめは以下の記事。


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