学生の座席選択の仕方と彼/彼女らの特性との間に関連はあるのか
1. 問題意識
私たちは大学で講義を受ける際、自由に座席を選択して着席するという意思決定を行っている。講義で選択する座席は、いつも決まった場所に座る人や毎回異なった場所に座っている人がいる。そこで私たちは「選択する座席によって人々にそれぞれ特性があるのか」という疑問を持った。そこで、いつも決まった座席を選択する要因として「学習意欲」「パーソナルスペース」「友人関係」などが関係していると考えた。
1つ目の要因で上げた「学習意欲」は、高い生徒は講義に積極的に取り組む傾向があると予想されるため、スライドが見やすく教授の話が聞き取りやすい前方に座ると考える。一方、「学習意欲」の低い生徒は講義に積極的ではなく集中して授業を聞いていないと考えられるため後方に座るという仮説を立てた。
2つ目の要因で上げた「パーソナルスペース」は、広い生徒ほど人との距離を一定に保ちたいと考えるため、真ん中や端に座る傾向があると考えられる。一方、パーソナルスペースが狭い人ほど、人との距離が近くても不快に思うことがないだろうと考えるため、端の方ではなく、人が集まりやすいと考える真ん中や後ろの座席に座るだろうという仮説を立てた。
3つ目の要因で上げた「友人関係」は、友人や知り合いが多い生徒ほど人が集まりやすい後方に座る傾向があるという仮説を立てた。一方、受講する講義に友人や知り合いが少ない生徒は1人で授業を受ける傾向があると考えるため、後方にはあまり座らないだろうという仮説を立てた。
2. 方法
この仮説をもとに、流通科学大学で「流通科学入門」を受講している1年生合計150名を対象にアンケート調査を実施した。仮説で立てた「学習意欲」「パーソナルスペース」「友人関係」の3つの要因が座席位置に関係していると考えたため、このカテゴリーに分類した10個の質問内容を考えた。要因ごとの質問が3問とする。質問内容は以下の通りである。
「学習意欲」
1.遅刻せずに授業を受けているか
2.提出物は期限までに提出しているか
3.授業中、積極的に質問はするか
「パーソナルスペース」
4.個人行動は好きか
5.作業中、自分の隣に知らない人がいると集中することができないか
6.大勢でいるより1人でいる時間を好むか
「友人関係」
7.交友関係は広いほうか
8.人見知りはしないか
9.グループワークは好きか
10.普段どのあたりに座って講義を受けているか(前、真ん中、後ろ)
1から9までの質問内容は、「よく当てはまる」「当てはまる」「あまり当てはまらない」「当てはまらない」の4つ項目から選択してもらった。10個目の質問では、普段座っている座席位置を「前・真ん中・後ろ」の3つに分けて解答してもらった。アンケート調査は、授業開始してすぐ行ったため、遅刻している生徒の解答は含まないものとする。
調査場所
調査を行った教室は、150名程度収容できる大教室で全席モニターと対面している座席配置である。10個目の質問内容は、教室の指定をせずに行うものであるため、普段受けている授業で自分がどの座席位置に座っている割合が高いかという調査とする。
調査内容
アンケート結果をもとに、心理統計分析を行うためのフリーソフトウェアである「HAD」を用いて、因子分析・クラスター分析・コレスポンデンス分析を行った。
3. 結果
因子分析
因子分析とは、数多くの変数を少数の因子に要約してまとめることで、それらの変数がどのような潜在的変数によってどの程度影響を及ばされているのかを探る分析手法のことである。
因子分析は、座席についての質問であるQ10を除く、Q1からQ9の回答を変数に用いて分析を行った。まず、因子数をいくつにするかの目安としてスクリープロットを用いた。スクリープロットは、主成分分析の固有値をグラフにしたものであり、結果から3因子構造であることを仮定した。さらに、この因子数を用いて因子分析を行った結果が以下の通りである。
上記の表の結果を見てみる。Factor1では、Q1とQ2の質問で選択肢1の「よく当てはまる」を選択した割合が高かった。また、Q1とQ2の質問内容はどちらも学習意欲に関する内容であり、学習意欲が高い生徒であると判断した。そのため、「まじめ」というカテゴリーで分類することにした。
次にFactor2では、Q7とQ9とQ3の質問で選択肢1を選択した割合が高かった。その中でもQ7とQ9の質問内容はどちらも友人関係に関する内容であり、友人関係が広く積極的なコミュニケーションをとることができる生徒であると判断した。そのため、「社交的」というカテゴリーに分類することにした。
次にFactor3では、Q6とQ4の質問で選択肢1を選択した割合が高かった。Q6とQ4の質問内容はどちらもパーソナルスペースに関する内容であり、パーソナルスペースが広い生徒であると判断した。また、パーソナルスペースが広いというのは、警戒心が強く、人との距離感をある程度保ちたいという人のことである。反対に、パーソナルスペースが狭い人というのは、人見知りをせず、人との距離が近くても気にしないという人のことである。ここでは、そのまま「パーソナルスペース」というカテゴリーで分類することにし。
そして、因子分析で分類された「まじめ」「社交的」「パーソナルスペース」という3つの要素をもとにクラスター分析を行った。
クラスター分析
次に、因子分析により分類された3つの要素を用いてクラスター分析を行う。クラスター分析とは、個々のデータから似ているデータ同士をグルーピングする分析手法であり、グルーピングされたデータの集まりをクラスターと表現する。クラスターの数に決まりはないため、必要に応じてクラスター数を決めることが可能となる分析である。クラスター分析には似ている対象が順番にクラスター化されることで過程視覚的に把握できる階層性クラスター分析と似ている対象をグルーピングする非階層性クラスター分析の2種類に分けられる。
今回は、因子分析において出力された因子得点を用いてグループ分けを行うため、非階層性クラスター分析を用いることにした。因子分析によって分けられた「まじめ」「社交的」「パーソナルスペース」の3つの要素から因子負荷量の関係性が5以上の深いものでそれぞれの平均を出す。
今回の因子分析の結果から見ると、まじめはQ1とQ2、社交的はQ7とQ9、パーソナルスペースはQ4とQ6が因子負荷量の関係性が深かったため、平均を出してその結果を使用し、クラスター分析を行った。その分析結果は以下の通りである。
このデータからを見ると、クラスター1は、まじめで社交的だが、パーソナルスペースは広くひとりの時間も大事と感じている生徒が多く属していると読み取ることができる。クラスター2は、1と比べるとまじめ度は低く、社交的でもないが、パーソナルスペースは狭く隣に人がいても気にならない生徒が多く属していることが読み取れる。最後にクラスター3は、まじめではなく、社交的でもなくパーソナルスペースは1と比べると広くないが、ある程度個人のスペースが欲しいと感じている生徒が多く属していることが読み取れる。
データから読み取ることができたイメージからそれぞれのクラスターにグループ名を付けていく。今回は、クラスター1は「陽キャ」、クラスター2は1と対するデータが多いところから「陰キャ」クラスター3は「不真面目」と名付けた。
なぜこのように名付けるようにしたのか説明していく。「陽キャ」と名付けた理由は、まじめ・社交的の数値が高いことから、まじめに授業を受講し、交友関係も広いと考えたからである。つまり、学校生活が充実しており、友達と楽しむことが好きという生徒像から「陽キャ」と名付けることにした。
次に「陰キャ」と名付けた理由は、まじめであるが社交的でないことから、人付き合いが苦手な生徒像が想定されるからである。
次に「不真面目」と名付けた理由は、他の2つのデータと比べてまじめの要素が圧倒的に低いからである。
そして、クラスター分析で名付けた「陽キャ」「陰キャ」「不真面目」という3つの要素をもとにくコレスポンデンス分析を行った。
コレスポンデンス分析
コレスポンデンス分析はアンケート等によって収集したデータをまとめたクロス集計結果を元に、行の要素と列の要素の相関関係が最大になるように数量化して、その行の要素と、列の要素を散布図に表現することができる分析である。また、クロス集計をとることで項目同士の相関関係を明確にすることができる。
まず、クラスター分析の結果で明らかになった「陽キャ・陰キャ・不真面目」の分類された3つの要素を縦軸に配置した。そして、「普段どのあたりに座って講義を受けているか」という10個目のアンケート調査の結果を横軸に配置した。これらを基にクロス集計を行った。また、この結果から得られる数値は、それぞれ特性を持つ生徒が普段座っている座席の傾向である。下記に示されている図がその結果である。
この結果から、陽キャに分類された生徒は18名、陰キャに分類された生徒は89名、不真面目に分類された生徒は43名と分けられ、陰キャに分類された生徒は約6割を占めている。また、どの要素も真ん中を選択する人が多く、前と後ろを選択する生徒は少ないことが分かった。そのため、真ん中以外の座席特性を見てみると、陽キャに分類された生徒は後ろに座る傾向が低く、数値は低いものの前に座る傾向があると分かった。一方で、陰キャに分類された生徒は真ん中に座る傾向が高いが、後ろに座る傾向も高いことが分かった。また、不真面目で分類された生徒は前より後ろに座る傾向があると分かった。
次にこのクロス集計の結果をもとに散布図 (コレスポンデンス分析) を作成した。その結果が以下の通りである。
散布図を見て分かるように、真ん中に座る傾向が強い陰キャだと分類された生徒以外、座席位置にばらつきが見られた。つまり、陽キャと不真面目に分類された生徒は、決まった位置に座るという傾向があまり見られないことが分かる。
4. 考察
本調査の結果から、学習意欲と社交性、パーソナルスペースの観点で座席位置に多少の偏りが見られた。教室の前方に座る生徒は、「陽キャ」な生徒が多かった。この生徒は、学習意欲が高く、社交性はあるものの、パーソナルスペースは広いことが分かった。次に真ん中に座る生徒は、「陰キャ」な生徒が多かった。この生徒は、学習意欲が高く、社交性がないものの、パーソナルスペースは狭いことが分かった。次に後ろに座る生徒は、「不真面目」な生徒が多かった。この生徒は、学習意欲と社交性が低く、パーソナルスペースも広いことが分かった。
つまり、学習意欲や社交性、パーソナルスペースの有無は選択する座席に関係することが明らかになった。学習意欲が高い生徒は前方に座り、低い生徒は後方に座ると考えた仮説も正しかったと言える。しかし、パーソナルスペースが狭い生徒は真ん中に座るという結果から、パーソナルスペースが狭い生徒は後方に座る傾向があると考えた仮説は正しくなかったと言える。
発達心理学や教育心理学、社会心理学を研究している北川歳昭も「その科目への興味が強く、積極的に取り組もうとする者は、前に座り、また、成績も良いが、その科目に興味が持てず、消極的な態度の者は、後列に位置し、また、成績も悪いことになるのであろう。」(北川 歳昭,1978,55頁)と述べている。つまり、科目への興味や態度が座席位置に影響するということだ。また、前に座ることで黒板の字や教師の顔が良く見え、分からないところがあると質問しやすいという点も選択する1つの要因であると考える。
一方でパーソナルスペースの観点では、「外向性の高い学生は、その外向性を教師に向ける場合は、できるだけ前列に位置して、教師との退陣距離を小さく保とうとするが、外向性を友人に向ける場合は、できるだけ後列に座って教師からの刺激を少なくし、友人との友情を確認し合うのではないだろうか。」(北川 歳昭,1980,44頁)と述べている。このことから、パーソナルスペースの観点で北川の考察と私たちの分析結果が異なることが明らかになった。私たちの仮説では、パーソナルスペースの広い生徒、つまり外向性が低い生徒は前方に座り、高い生徒は後方に座ると考えた。私たちが考える外向性が高い生徒というのは、友人関係が広く、座席を選択する際に友人と隣り合って座る生徒のことだ。外向性を友人に向ける場合、後列に座るだろうと予想した点では、北川の考察と私たちの仮説は一致している。しかし、結果を見てみるとパーソナルスペースが狭い生徒、つまり外向性が高い生徒は真ん中に座る傾向があると分析された。
では一体なぜ矛盾が生じたのか。これには2つの要因が考えられる。
1つ目は、教室を特定させる必要があった点である。大学の教室は大教室から小教室まで、様々な形態の座席位置が存在し、配列もそれぞれ異なっている。そのため、教室を特定させておかないと、アンケートの対象者が想像する座席位置にはばらつきが見られるだろう。ばらつきが見られると正しいアンケート結果が明らかにならないため、教室の指定を行うべきであったと考える。
2つ目は、アンケートを取ったタイミングである。今回私たちは、流通科学大学1年生150名に授業を開始してすぐにアンケートを行った。授業を開始してすぐ行うということは、遅刻者が含まれていない可能性が考えられる。遅刻者は学習意欲が低い生徒である可能性が高いと見られるため、含まれていないと正しい分析結果が明らかにならないかもしれない。だからこそ、アンケートを取るタイミングを授業終了後に変更すると良いと考えた。
これら2つの要因から、北川と私たちの結果に矛盾が生じたと考える。どちらの要因もアンケートに関するものであり、これが改善されていれば分析結果も変わっていたかもしれない。また、座席位置も前後だけに指定するのではなく、左右も増やした方が良いと考えた。なぜなら、人文・社会、実験心理学を分野とする矢澤久史が「左側に座っていた学生が前方の学生と同様に学習意欲も学業成績も高いことが示され、左側と右側では異なる結果が得られた。」(矢澤久史,2002,114頁)と述べているからだ。また、左右で学習意欲や成績が異なる理由として、「窓がある左側は、景色がよく見える、明るい、窓が好きという理由で好きな座席として選択されることが多かった。」「出入り口がある右側の前方は、暗い、黒板が見にくい、ドア付近で廊下の音がうるさいという理由で嫌われていた。」(矢澤久史,2002,114頁)と述べている。このことから、学習環境も選択する座席位置に影響していると考えられる。前や後ろを選択する生徒は、講義に対する興味や教師や友人との距離が関係している一方、左右を選択する生徒は学習環境を重視しているため、アンケートに左右を含めた5つの座席位置を選択できるようにすべきであった。そして、座席を選択する理由を答えてもらうことも必要であったと考える。今回のアンケートと分析結果で、学習意欲や社交性、パーソナルスペースの観点からそれぞれ特性を持った生徒がどのような座席位置を選択しているのかが明らかになった。しかし、その選択理由を答えてもらっていなかったため、分析結果を基に自分たちで考えるしかなかった。先ほど述べた左右を選択する理由と同様に、前後を選択する理由も学習意欲や友人との距離以外のもあったかもしれない。だからこそ、理由を聞いてアンケートに答えてもらう必要があったのだ。
今回の調査で、北川と矢澤の論文と比較をして、不十分な点があったものの、選択する座席位置には学習意欲や、パーソナルスペースの狭さや広さ、社交性の有無が関係していること明らかになった。学習意欲の観点からは、講義の興味・関心が表れており、意欲の高い生徒は前に座る傾向がある。一方で、学習意欲の低い生徒は、講義に対して興味や関心が低いため、黒板の字が見えにくい後ろに座る傾向がある。パーソナルスペースや社交性の観点からは、教師と友人を対象とした外向性の高さや低さが表されている。そのため、教師に対する外向性が高い生徒は前方に、友人に対する外向性が高い生徒は後方ん座る傾向がある。このように、学習意欲と友人関係が座席位置に関係している他にも、学習環境や座席数、教室の広さも関係しているのではないかと考える。また、対象者を1年生以外で行うことで違う結果が出たかもしれない。これらを明らかにするためにも、より詳しい調査や正確な資料、分析が必要になるだろう。
引用文献
・北川 歳昭. 座席行動の研究(Ⅰ)ー教室内の座席行動と成績ー.中国短大紀要9号.1978
・北川 歳昭.座席行動の研究(Ⅱ)ー教室内の座席行動と性格特性ー.中国短大紀要11号.1980
・矢澤 久史.教室における座席位置と学習意欲、学習成績との関係.東海女子大学紀要.2002