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ジュヴナイル リリースに寄せて

9月20日
masqueradedejavu
新たにサブスク解禁として
ジュヴナイルをリリースする。

3年前のあの日
あの時から成長したボクを見せれたらって気持ちで9月20日にした。


そう3年前のあの日
2021.9.20
masqueradedejavuは下北沢WAVERでワンマンLIVEをやった。

その名も『マスワンマン』

今見るとバンドの葬儀を感じるフライヤー(白黒だし)

当時はとにかく意地だった。コロナ禍に元々開催するはずだった幻のワンマンLIVEが2度あって、そのリベンジを込めて行われたものだった。

2020.3.8 masqueradedejavu
新宿LIVE FREAK ツアーファイナル『残ル美』ワンマン


↓コロナで延期

2020.7.18  masqueradedejavu 新宿motion


↓河本音信不通で中止

2021.9.20 masqueradedejavu
下北沢WAVERワンマン LIVE

当時のボクは、河本の件もあり、コロナ禍でもやれることを…と1人で探してた。2人バンドだから、まぁ、1人が連絡つかなくなったら1人がやれることを探してやるしか無い。
コロナ禍で思うように活動出来なくなって、 急にライブハウス界隈からも消えて、『河本失踪でmasqueradedejavu解散したらしいよ?』みたいな噂を立てた輩もいた。
うざ…ぜってー見返してやるよ…って気持ちを沸々の抱えながら活動再開をずっと狙ってた。戻ってるかも分からない河本を待ちながら、1人で。

2021年、思ったよりも早く活動再開する事になり、まずは過去にやり残した事から…という流れで行われた2021.9.20マスワンマン。
内容としてはかなり良いものだった。ツーピースでボクがギターボーカル編成としてやれることは全てやり切った。これ以上の事はできない。ってレベルのライブだったと思う。
当時の熱量はワンマンから始まったレコ発ツアーロストスターダストツアーのファイナルで記録してある。

しかし、演奏や演出全てやり切ったものの、世の中に全然広まらなかった。そして、音楽的にもこれ以上の深みは考えられなかった。
masqueradedejavuツーピースギタボ時代の限界。そこからまた色々向き合って今のスタイルに至る。

2021.9.20マスワンマンの中で河本が『実はコロナ禍でキツかったし怖かった…』みたいなmcをはじめて、会場に来てた音楽仲間?が、よくやったぞ!!えらい!ってなってるのを見たときは、
『え…ボクだって1人でバンド存続させるのめっちゃ苦しかったのだが…以下略』ってふと思ったりもした。
今はそんな事思わないけど、その時のボクは思った。きっと、精神的にもうこれ以上頑張れないってサインだったのだと思う。

それもあってmasqueradedejavuのワンマンはもう当分無いなーって決めてた。当時は河本不調って事にしてたけど、ボク自身も相当精神的にやられてたし、ジレンマのような感覚に囚われた気持ちになってた。

元々2人組バンドって、特殊な編成だし(日本では)
ヴィジュアル系とハードコアを足して2で割ったような音楽性も含めて、めちゃくちゃ浮いてた。仲良くしてくる風の関係者?スタジオ店長?にも裏でたくさんディスられたり、ネガティブキャンペーンされたりもした。

いまはどうでも良いって思うけど、
当時はめちゃくちゃ傷ついたよ。

自由を求めて、音楽を自由に表現して、広めていきたいのに、しがらみとか人付き合いにいろいろ縛られてた。出る杭は打たれるというけど正に。

そんな、いろんなルールに乗れなかったボクが作った曲。

ジュヴナイル

3年前もこうやって
3秒先もこうやって
生きてくルール乗れなくて
ガンガン僕は傷んだ

は、まさにこの心情。

ボクはいろいろ我慢して生きてきた。
あんまり本心は言わずに生きてきた。誰からも嫌われたくなかった。本音を押し殺してた。
それはメンバーである河本に対しても。
(今はそういうのないからな)

自分がやってきた過去によって今の現状がある。いまの環境を作るのは自分だし、いろいろな原因は自分だと気づくには時間がかかった。原因自分論ってやつだ。
だから、今は思ったことは言うし、誰かへの遠慮とかは特に無い。

ジュヴナイルは、生きてく気持ちに迷った時、誰かの愛し方を見失った時、夢への未練、葛藤を歌った曲。

いまだからこそ最強に歌える。

ボクは常に反抗期だから、
ある意味今でもジュヴナイル。

気に入らない事には中指立てて打ち抜きマス。

嫌だったら過去は塗り替えて

今をなんとか生きてみて、

未来へ共に生きてこ。

ジュヴナイル聴いてね。

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