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名前 #シロクマ文芸部ー「爽やかな」参加ー
「爽やかなのがいい。」
『爽やか』と言う感覚とは人それぞれなのではないだろうか。漠然とした要求にリンは小さくため息をついた。彼女は鉛筆を鼻と唇の間に挟んで両手で頬杖をつくと、視線をノートに落とした。そこには二ページに渡りびっしりと名前の候補が書かれていた。もうすぐ、二ページ目も終わりそうだ。
昨晩リゲルが言った通り、まずは最初の二人の仕事と位置付けて、朝から名前を考えているのだが、なかなか決まらない。子猫の要求に応じて色々と候補を出しているが、どの名前にも首を縦に振らないのだ
最初の要求は「カッコイイのがいい」だった。言われるままにリンが格好いいと思う名前をあげてみた。
アレックス
ゼイン
リーヴァイ
スターリング…
子猫はリンの横でノートの上を滑る鉛筆の先を目で追っていた。そして、候補が10個ほど書き並べられたリストをじっくりと見つめて子猫が放った最初の一言は…
「ふーん、リンてこういう名前をカッコイイと思うのか…」
リンは驚いて目を丸くした。子猫のくせに一人前のようなことをいうものだ。だが、彼の経験を考えると不思議なことではないのかもしれないとリンは思った。
子猫は聖魔獣の幼体だとリゲルは言っていた。しかし、幼体で過ごす期間は契約主が見つかるまでなので、個体差がでる。子猫の話を聞く限り、住んでいたのは森だが、街にはよく訪れていたようだった。
「なかなか契約主を選ばないから心配していた。」
というリゲルの言葉からも、相当の期間、この子猫は街中を彷徨いていたのだろう。
そのためか、話し言葉はもちろん、文字も言葉の意味も、人間の生活用品に至るまでかなり理解しているようだった。
だが、その知識が名前を決めるのには大きな壁となってリンの前に立ちはだかっていた。例えば、リストの中に子猫が知っている『物』に関連する名前があると「『リーヴァイ』はデニムパンツに書いてあった」とか、「『スターリング』って宝飾品に刻印されてた」などと言ってため息をつくのだ。そして「リンがどうしてもっていうなら、それでもいいけど…オレはリンのためだけがいい…」と、何となく分かるような分からないような理由を言って、微妙な難色を示すのだった。そんな姿を見てしまうと、リンもなぜか申し訳ない気持ちになって「じゃあ、別の考えよう!」となる。
このやりとりが朝から何度も繰り返されているのだった。幸い今日は土曜日で、学校はない。ゆっくり時間が取れるからいいが、明日が日曜日だと考えると、この作業から解放されるまでにまだ二日かかるのかもしれない。そう考えると、リンの気持ちは少し重かった。
「爽やかな名前ねぇ…」
「スッキリ清々しい感じのがいい。」
だんだんリンは面倒くさくなってきた。候補を出してもきっとまた難色を示すのだろう。彼女は横目で子猫を見るとイタズラっぽい表情を浮かべた。そして、鉛筆を手に取ると、ノートに書き始めた。
フェニックス
ユニコーン
ペガサス…
それを見た子猫はリンが手に持っている鉛筆を咥えて取り上げた。
「何?もう聖獣の名前にしておいたらいいんじゃない?」
子猫は咥えた鉛筆をテーブルの上に静かに置くと、ノートの上に座ってリンを見上げ、若草色の澄んだ瞳でリンの目をじっと見つめた。
「あのねぇ…オレにこんな名前つけたら、将来自己紹介するとき恥ずかしいだろ!リンが『人間』て名前をつけられているようなものだよ!」
「…」
「自己紹介で自分の名前言う時に「人間です。」って言わなきゃいけないのと同じだよ!」
その様子を想像して、リンは吹き出した。この、子猫の姿をした幼体はいずれ、聖獣か魔獣に成長する。
リンの目的はこの子猫を聖獣に成長させることなのだが、仮にフェニックスと名付けて彼が本当にフェニックスに成長した場合、自己紹介するときには「フェニックスのフェニックスです。」となるだろう。
そして、リンは子猫がユニコーンに成長した時を想像して、堪えきれずにお腹を抱えて大声で笑った。その時の自己紹介はもっとややこしくなるだろう。「ユニコーンのフェニックスです。」だ。
そのリンの様子を静かに横で見ていて、子猫はリンに気づかれないように幸せそうに目尻を下げた。名前なんて、本当はなんだっていいのだ。彼女が愛着を持って呼んでくれるなら何だっていい。
リンに構ってほしい、もっと彼女のことを知りたい。ただそれだけのために首を縦に振らなかっただけだった。想像を巡らせ、楽しそうに笑っているリンはもっと見ていたい。子猫は満足だった。でも、そろそろ限界だろう。彼女がサジを投げる前に収めなくては。
何か名前に使えそうなものはないだろうか。子猫は辺りを見回した。その時、壁一面の本棚が目に入った。リンの大好きな本の中から名前をつけてもらおう。子猫は机の上からピョンと飛び降りると、本棚の前に行って座り、本の壁を見上げた。
「リンは本好き?」
「好きだよ。」
リンは椅子から立ち上がると、子猫と同じように本棚の前に座り、本の壁を見上げた。
「どの本が一番好き?」
「どれって言われると…迷うな…一番てどれだろ…」
リンは考えながら、本棚の端から本の背表紙を一つずつ目でなぞった。その時、ふと何かに気づいた様子で子猫は立ち上がると、本棚に前足をついて二本足で立ち上がり、本棚を見上げながら尻尾を立てて数回揺らした。その姿を見てリンは優しく微笑んだ。
「どうしたの?」
「リンの本、星の本が多いね。」
「ああ、確かに。星とかギリシャ神話とか好きだな…」
そう言いながら、彼女は一冊の図鑑を手に取った。最初のページを開くと、見開きで南天と北天の星図が描かれていた。リンは、それを一緒に見るために、子猫との間に本を置いた。
「地球から見ることができる星座だよ。」
「ふーん。」
「でも、この地域からは南天の星座は見られないものがいくつもあるんだ。」
「そうなんだ?…リンはどの星座が好き?」
「星座ねぇ…うーん、どの星座にも物語があってね。どれか一つを選ぶのは難しいな…」
「じゃ、一番好きな星は?」
「それも難しい質問ね…」
そう言いながらリンは顎に手を当てて俯いた。物事の好き嫌いを順位をつけて分類する習慣が彼女にはなかった。
個性はそれぞれ、という考えを前提に物事を見た時、好き嫌いに順位をつけることがどれだけ意味のあることか、彼女にはわからなかった。従って、何が一番好きかをいちいち考えたことがなかった。
しかし、好きとか嫌いでないのであれば、答えられることに彼女は気づき、顔を上げた。
「一番好きは決められないけど、一番頼りにできる存在ならあるわ。」
そう言うと彼女は、北の空に描かれている子グマの頭部を指差した。子猫が目を凝らしてみると、そこには「ポラリス」と言う名前が書かれた点があった。
「他の星は季節とか時間で見える場所が変わってくるんだけど、この星だけは、地平線に沈まないで、ほとんど同じ場所で輝くの。」
「ふーん…」
「だから、昔の人たちは、方角を知るためにこの星を頼りにしたの。北さえ分かれば、他の三つの方角が分かる。方角がわかれば、目的の場所に辿りつける…」
子猫はしばらくじっと北の点を見つめていた。そして「信頼できる道標…か」と噛み締めるように独り言を言った。
「オレ、これがいい。」
「え?」
「ポラリス」
「名前?」
「そう!どう?」
リンは目を輝かせた。独りぼっちだったリンの生活を優しく照らして明るくしてくれている子猫の存在は、既に彼女にとってポラリスと言っても過言ではなかった。こんな楽しい時間がずっと続いてほしい。そんな願いからも、この名前はピッタリだと思った。
「とっても似合うと思う!」
そういうとリンはさっと子猫を抱き上げて、耳の間に優しくキスをすると「よろしくね、ポラリス。」といって、頬擦りをした。
「リン、任せろ!オレが道を照らすから!」
「ふふふ…小さいけど、頼もしいこと言うね…でも、まずはもう少し大きくなろうか。」
リンはイタズラっぽく笑いながら、子猫の顔を自分の方に向けて、幼児を『高い高い』するように掲げて見つめた。ポラリスは「子供扱いするなー!」と言いながら抗議するように足をバタバタさせてもがいた。
リンは優しい笑みを瞳に浮かべると、「ごめんね。」と言いながら一度ギュッとポラリスを抱きしめてから優しく床の上に彼を置いた。そしてふと机の上に置いてあった時計に目を向けて驚いたように口を開けた。
「もう12時過ぎてる!!ご飯にしよう!」
「お腹ぺこぺこーっ…」といって、ポラリスはリンの後に続いて部屋を出ようとした。すると、突然、リンが立ち止まった。
「ああっ!!」
突然のリンの大声に驚いてポラリスは飛び上がった。彼女はポラリスの方に少し申し訳なさそうな表情をして振り返った。
「ポラリスのキャットフード買ってない。本当は今朝買い出しに行こうと思っていたのに…ごめん…」
その様子を見たポラリスは「なんだそんなことか。」とでも言いたそうな目つきで、リンを見上げた。
「大丈夫だよ。オレ、こう見えて猫じゃないもん。リンが食べる物食べられるよ。」
「え?そうなの?」
「おう!むしろその方が嬉しいよ。キャットフードって味なさそうじゃない?」
そういうと、驚いた表情を崩せないでいるリンを横目にポラリスはさっさと部屋を後にした。その後をついていくようにして、リンも部屋を後にした。
開け放されたままの窓から吹き込んだ優しい秋風は、机の上に開かれて置かれたノートで遊ぶようにペラペラとページをめくっていた。
※子猫との出会いは以下リンク先にあります。もしもご興味お持ちいただけましたら、ぜひ。
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こちらの企画参加させていただきました。お題があることで、とても書きやすいです。いつも素敵な企画をしてくださいまして、ありがとうございます。