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【SF短編小説】 チュニック
※約1600字です。
自然衛星リューンの五番街にヴィクトルの家がある。
シャンドラン家付きの汎用型ネウロノイドのヴェガが、ヴィクトルの家のドアを開けると、ちょっとした騒動が起きていた。
「もう、行かない!」
マヤが自室に向かう階段を上っていく。困惑の表情を浮かべたヴィクトルが後に続き、階段に足をかける。
「なんで!?」
「恥ずかしい!!」
「すっごく似合ってるよ!?」
「もーーーっ!」
バタン!マヤは自室のドアを勢いよく閉めると鍵を掛けた。階段を上りかけたところでヴィクトルは天井を仰ぎ片手で両目を覆う。大きく息をつくと、肩を落とした。
突然すぎて、ヴェガには何が起きたのかはわからない。
リビングのテーブルの上には半年前、よそ行き用にあつらえたユニオノヴァの住民が着るチュニック型の宇宙服が置いてあった。
ヴェガは首を捻る。つい先日も、マヤのために新しいよそ行き用チュニックを用意したいとヴィクトルに言われ、注文していて、今朝配達されると聞いていた。
マヤの後ろ姿を見ただけだが、新しいものを着ていたようだった。『何が恥ずかしいのだろうか。』ヴェガは気になった。
ヴィクトルは振り返り、階段を降りかけて初めてヴェガの存在に気づき目を丸くする。
「リューン祭に出かける準備をお手伝いしようときたのだけれど…」
「うん…ありがと…」
ヴィクトルはトボトボと階段を降りると、リビングのソファーに仰向けに寝転ぶ。もう一度大きくため息をつき、ぼんやりと天井を瞳に映した。
「もう、いいや…帰っていいよ…」
「何があったんです?」
ヴェガがヴィクトルの顔を覗き込む。名門家の所有する汎用型は保育・教育係の役割も果たす。彼女はネウロノイドだが、シャンドラン家の乳母でもある。
ヴィクトルの育ての親と言っても過言ではないほど、彼女はシャンドラン家のどの人間よりも彼に近い。
「サイズがピッタリなのがダメみたい…」
ヴェガは思わずまばたいた。なぜピッタリが問題なのだろう。元々このタイプの服はピッタリ密着するべきものだ。そうしなければ機能を最大限に引き出すことができない。
ヴェガは問題点を探るため、彼女の中にある注文時の記録を呼び出す。
ヴィクトルからはサイズが明記された状態で依頼がきた。サプライズで用意したいという要望だった。ヴェガが持つマヤのデータから、彼女が好きそうなデザインを三つピックアップしてヴィクトルに渡し、選ばせた。ヴェガのデータにないのは、ヴィクトルがどのように採寸したかの情報だ。
「採寸はどのように?」
「メジャーを使ってはいないけど、正確だったと思うよ。自信ある。」
二週間ほど前、家に帰るとヴィクトルを待ちくたびれたマヤがソファで寝ていた。
抱き上げても目が覚めないぐらい深い眠りで、そのまま彼女を部屋まで運び、ベッドに寝かせたというのだ。
「で、その時気づいたんだ。半年前のものじゃ、胸周りが入らないって。初めて二人でリューン祭に行く記念日になるし、上だけ新調してプレゼントしようと…女子がサプライズ好きって聞いたことあったから…」
ヴェガは額に手を当てると俯いた。酷なサプライズだ。マヤはもうすぐ15歳。思春期真っ只中だ。
『恥ずかしい』のは、自分のサイズを自分以上にヴィクトルが知っているということだろう。先ほどの後ろ姿から察するに、新しいチュニックは寸分違わず彼女の体型にピッタリだ。
「採寸の仕方が問題です…」
ヴェガの言っていることがわからず、ヴィクトルは素直でまっすぐな視線を彼女に向ける。
「サプライズが過ぎます。思春期の女の子にとっては裸にされるくらい恥ずかしいでしょう…。」
「で、でも、何もやましいことはしてない…ただ抱き上げた感覚で気づいただけで…」
ヴィクトルは慌てて上半身を起こし、必死に弁明した。
ヴェガは彼を幼い頃から見てきた。今回のことだって全く悪気がないのはわかる。だが彼の言動は合理的な上、まっすぐすぎる時がある。
教育係としての役割から解放されるのはまだ先のようだ。ヴェガはやるせない笑みを浮かべて小さく息をついた。
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このエピソードは「ユニオノヴァ戦記はじまりの事件③」の中で少しだけ触れられている話の詳細です。
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