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【長編連載小説】ユニオノヴァ戦記 I ー 事の始まり ② ー


※NOVEL DAYSにも同じものを連載しています。

共犯者

 エルダ第二ターミナルのカフェのカウンター席、人目につきにくい観葉植物の後ろにキース・ギロとシェラ・バーグは並んで座っていた。

 キースは少し遅い朝食のホットサンドを口に頬張り、コーヒーを口にした。徹夜明けだが、最後の大仕事が残っていた。事が計画通り運んだときの爽快な気分はクセになる。寝不足であっても、彼はこれから目の前に展開するスペクタクルが滞りなく遂行されることを期待して心躍らせていた。

 しかし、彼にはただ一つ懸念点があった。隣に座る同郷の女の存在だ。キースは両肘を突き、手を組んでそこに額をつけた。この計画が失敗する可能性があるとすれば彼女だろう。シェラとは同じ盗賊団の出身だが、彼女がどう立ち回るのか、キースには想像できなかった。価値観も性格も合うとはお世辞にも言えないから、今まで一緒に仕事をしたことがなかった。本当は一緒にやるつもりはなかった。しかし、仕方なく彼女を計画に加えざるを得なくなってしまったのだ。


 二ヶ月程前のこと。ある日突然、キースの元に知らない人物からの接触があった。「お前の正体を知っている」と。

 キースはアカデミアに入学して以来、誰に対しても盗賊団の出身であることを隠したことはなかった。だから、それをバラされても大したことはない、と最初は強気に構えていた。

 それに、アカデミアはユニオノヴァ創設時の理念を受け継ぎ、差別のない実力重視の学術機関だ。その方針は、学生の募集基準にも現れている。

 盗賊団のような反社会的勢力出身の子供でさえ、試験合格後、入学時に反社会的勢力との関係を断つ誓約をし、卒業後の追跡調査を本人が承諾すれば、入学が許可される。そのため、盗賊団出身であることが学内で知れ渡ったところで、立場が悪くなることはない。しかし、その人物は言った。

「起爆ワクチンが完成したのはお前にも責任がある」

 起爆ワクチンとはネウロノイドの人工細胞の細胞構造を変質させ、爆発物に変えてしまうもので、出回り始めて数年経過していた。開発した人物は不明だったが、犠牲者の数は年々増え、起爆ワクチンに対する社会の非難は強まりを見せていた。

 そのワクチン完成までの過程で少しでも関わっていたと知られれば、アカデミアで勉強することは出来なくなるかも知れない。今まさに掴みかけた未来も手放さなければならなくなるかもしれない。恐怖が全身を駆け抜けて行った。

 キースの様子を察したかのように、相手はすかさず彼に持ちかけてきたのだ。

「起爆ワクチンを完成させた人間を共に探さないか。」

 相手はそれ以上、脅しめいた言葉を口にしなかった。しかし、この話を断った後、ワクチン完成までの過程で関与していたと暴露されれば、やっと築き上げた自分の居場所も失うことになるだろう。キースに断る選択肢はなかった。

 相手に言われるままに、計画を立て、準備を進めていくと、勘のいいシェラに犯行計画を気づかれたのだ。

「面白そうなことしてるじゃない。ちょうど退屈していたの。あたしも手伝ってあげる。」

 断れなかった。彼女の性格を知っていたからだ。相手よりも強い立場を確保したいタイプの人間だ。断れば彼女は確実に「アカデミアにバラす」と脅してくるようになる。場合によっては本当にバラすだろう。気は進まなかったが、彼女を作戦に加えざるを得なくなったのだった。


 シェラはキースの横に座り、寝不足の腫れぼったい瞼を隠すためにメガネをかけ、カフェラテにチョコレートチップのクッキーを付け込んでから口に運んだ。

 コーヒーとミルク、チョコレートの混ざり合った香りが口いっぱいに広がる。少しの間彼女は目を閉じて、甘みと香りにリラックスを求めた。そして、実行計画を練るために頭を駆使したせいで、頭が糖分を欲していると言い訳をしながら、2枚目にも手を伸ばした。

「あと何分?」
「15分。そっちのネウロノイドとアンドロイドの操作と指示、大丈夫か?」
「誰に言ってるの?問題なしよ。しっかし、あんたの腕すごいね。廃棄されたのをこんなちゃんと動けるように修理できるんだからさ。」

 シェラはテーブルの上に投影したキーボードでアンドロイドへの指示を入力し、配備している個体に順番にテスト指示を出して動かしていた。

 褒め言葉には全く表情を変えることなく、キースは無表情のまま、自分の携帯用端末に目を落とし、ホットサンドの残りを口に突っ込んだ。そして、ゆっくりと噛み締めながら、自分の組んだプログラムの最終確認をはじめた。

 しばらくの間、集中して確認作業を続け、一通り完了するとシェラの様子を伺いながら、口を開いた。

「段取りの確認。」
「オケ」
「まずは、騎士候補生を第一プラットフォーム内に足止めするところから始まる。方法はあんたに任せるけど…」
「あー、もう…何度も言わなくてもわかってるわよ。できる限り犠牲を出すなでしょ。」

 シェラは少しうんざりした声でキースに応えた。キースとシェラは腐れ縁という言葉がぴったりの関係で、望んでもいないのに、かれこれ十年ほど前からお互い知っている。二人とも同じ盗賊団の出身の上、三年前の同じ日にアカデミアの学生になっていた。

実行

 シェラは騎士候補生たちがエルダ内の各部署を見学する姿を、モニターを通して観察していたが、ふと一人の男に目を止めた。シェラはしばらく彼から目を離すことができず、食い入るように男の動きを目で追った。

「ねぇ、キース。このやたら目立ってる銀髪の男二人組の、背が高い方見て…」
「え?」

 彼女に言われた通り、モニターに映る男に目をやって、キースは目を見張った。『ネウロノイド…か…?』一見、人間に限りなく近い様子の個体だったが、キースが驚いたのはそこではなかった。容姿は違う、しかし、表情や仕草、立ち居振る舞いは確かに見覚えがあった。

「ディディに似てない?」
「まぁ、確かに…」

 ディディはシェラのシッターを任されていたネウロノイドだ。彼女が5歳の時、メンテナンスされずに彷徨っていたディディを拾ってきて以来、人間の誰よりも多くの時間を彼女は彼と共有してきた。その関係は幼少期においては、保護者、成長するにつれ兄になり、友達になり、そして彼女がティーンになる頃には、より深い関係になっていた。なかなか人を信じることが難しい盗賊団という集団の中で唯一、彼女が心を許し、信頼し、わがままが言え、ありのままの姿を見せることができる、そんな存在だった。

「恋しいの?」
「そんなことない。」

 二人の仲の良さは盗賊団の中でも有名だったが、あるとき、「おもちゃとしか恋ができない変態女」とバカにされたことをきっかけに、彼女は人目を気にするようになった。ディディを求める気持ちも、彼を愛する気持ちにも変わりはなかったが、認知されにくい二人の関係を恥ずかしく思うようにもなっていった。

「連絡とってやれよ。オレのところに2ヶ月に一回ぐらい、あんたの安否確認来るんだよ。」

 キースとディディはお互い気心の知れた友人という感じの良好な関係を築いていた。二人には、『相手に拾われた』という共通点があった。ディディはシェラに拾われ、キースは4歳の時に、ネウロノイドのカーラに保護され育てられたという経緯がある。キースはディディからことあるごとにシェラについての相談をされていた。彼女がなかなかメッセージを返さなくなってからは、彼女の無事を確認するメッセージが時々キースのところに届くようになっていた。

「もう私は盗賊団と手を切ってるから連絡取るべきじゃないでしょ。」
「あいつは盗賊じゃねぇぞ。ちゃんと公式の書類で証明された、バーグ家に登録されている汎用型ネウロノイドなんだから。アカデミアの規定の対象外の存在だ。」

 キースの言葉にシェラは目を釣り上げて、憤りを隠せないといった様子で彼の顔を見た。どうやら彼女の逆鱗に触れてしまったようだ.

「彼を物みたいに言わないで!」

 つい声が大きくなってしまった。周囲の客の視線が一瞬、彼女に集まった。それを彼女は背中で感じると、後ろを振り返らないようにしながら、素知らぬ顔をして自分の髪を撫であげて耳にかけると、カフェラテを口に運んだ。表面上は平静を保つように繕ったが、彼女にとってかけがえのない存在を侮辱されたようで、胸中穏やかではなかった。

「ほらな。大事な存在ならそう言ってやれよ。」
「勝手なこと言わないで!あたしたちの関係をよく知りもしないで…」

 シェラは周りの視線を気にして声を潜めながら、しかし、できる限りの鋭い口調でキースを制した。もうこれ以上、大切な彼との関係について色々言われたくなかった。

 彼女は複雑な心境なのだろう。ディディのことを大切に思う気持ちは本物だろうが、プライドの高い彼女のことだ。最愛の存在が人間ではないことを他人に知られたくないのだろう。過去に盗賊団の中でも、二人の関係を馬鹿にしている連中を目にしたことが何度かあった。ディディの存在が明るみになれば、アカデミアでもそれが起きかねない。だから、周りの目を気にしてディディの存在を周りに気づかれないよう、彼へのメッセージを控えているのだろう。キースはそう解釈していた。

 シェラはディディに返信しないことを何とも思っていないわけではなかった。しかし、今のこの状況では愛を語ったところで、周りに認めてもらえるようなものではない。むしろバカにされるだけだと思っていた。「二人の関係をバカにしてくる人間の上に立ち、認めさせる」それが今の彼女の原動力になっていた。

 その時、端末からアラーム音が聞こえた。騎士団一行がコンコース内に入ったことを知らせるものだった。二人の間にほんの少し先ほどよりも緊張感が増した。プラットフォームに入ったら本番だ。

 シェラは計画を実行することに専念するため、気持ちを切り替えようと、おろしていた髪の毛を後ろで束ねて座り直し、モニターに目を落とした。

 モニターには、数人ずつ一緒に歩きながら談笑してコンコースを進んでいく候補生たちの姿が映し出されていた。一人一人の会話がはっきり聞こえるわけではなかったが、これから起こることも知らず、まるで危機感のない様子で会話をしている姿を目にして、忌々しそうに眉根を寄せながらシェラは鼻で笑った。

「…平和ボケした騎士候補生ねぇ。」

 キースとシェラは三年前にアカデミアの騎士科の学生になった。しかし修了まであと半年のところで、キースはエンジニア科に転科し、シェラは今年始めに騎士候補生に昇格した。しかし彼女のクラスには今モニターに映し出されている人間は誰もいなかった。それどころか、校内ですれ違ったり見かけることすらなかった。

「あたしも騎士候補生だけど、こいつら全然見たことないよ。」
「名門家の子女で、クラス別だからだろ。」

 シェラの僻みが含まれたような声色に、どんな話が展開されるか想像してキースはため息をついた。この手の話は好きではない。彼女は自分よりも社会的地位が上の人間に対して過剰に反応する傾向があって、キースはその様子にうんざりしていた。

「特権階級はクラス別って一番差別じゃない?建物すら分けてるって、ひどくない?」
「オレはそんなの気にならねぇけど、なんか理由があんじゃねぇ?」

 騎士科の名門子女はクラスが別に設けられている理由について、シェラと議論したところで、何の実も結ばないことは明らかだ。彼女とこの話を続けるつもりはなかった。しかし、彼らは彼らなりに厳しい現状があるらしいことをキースは噂程度に聞いたことがあった。詳しい理由や経緯は知らないが、少なくとも特権階級だという理由でクラスが分かれているわけではない。表沙汰にしたくない人体実験があるとかないとか…そんな不気味な話だった。

「何、あんた特権階級に借りでもあんの?」

 シェラは呆れた顔をして、キースに顔を向けた。彼女とは目を合わせることなく、キースは自分の作業をしながら口を開いた。

「別に…そんなことより、あんたとあいつらの違いが説明できるやつがいたら会いたいね。」
「今、なんて言った?」
「…」

 シェラは静かにキースを睨みつけた。自分が敵視している名門家の子女たちと一緒にされたことが面白くなかったのだ。彼女は憤りを抑えるため一呼吸ついてから、周りの視線を気にしつつ口を開いた。

「あんた何様のつもり?ずいぶん偉くなったものね。」

 その声は押し殺されてはいたが、低く、唸るようで、彼女の抑えきれない憤りを感じさせた。

 二人は同じ盗賊団出身ではあるが、立場はまるで真逆だった。シェラは盗賊団の頭領の娘だ。対してキースは、浮浪児でゴミを漁っていたところを、ネウロノイドのカーラに拾われ育てられた。カーラの負担を軽くするため、ある日「便利屋をして生活費を稼ごう」と思いたった。仕事を早く軌道に乗せようと、依頼されるまま一生懸命仕事をこなしていったが、いつの間にか盗賊団に取り込まれてしまったのだ。キースにとって、その過程はまるで罠にかけられたようなもので、気づいた時には抜け出せない状況にまで追い込まれていた。仕方なく、それ以降は盗賊として生きると割り切り、略奪の最前線で仕事をこなしてきた立場だ。経験の違いから、同じ盗賊団出身でも二人の価値観は全く異なっていた。

「うちらが拾ってやったこと、忘れたの?」
「忘れるかよ。でも、世話になったつもりはないね。」

 シェラは兄弟の中でただ一人の娘で、頭領に可愛がられ、衣食住に困らず、恵まれた環境で育てられているようにキースには見えていた。彼からみれば、彼女の立場と名門家の子女、大した違いがあるとは思えなかった。シェラが名門家の子女を目の敵にしてこだわるのは、僻んでいるようにキースの目には映っていた。アカデミアでは、頭領の娘として彼女に傅くものはいない。急に立場が弱くなったのが面白くないのだろう。

 その時、騎士候補生一行が第一プラットフォームの扉の前に立ったことを知らせるアラームが鳴った。

“ピーン、ピーン“

 キースはシェラとの会話をやめるきっかけができ、緊張感より前にホッとした気持ちになった。

「きたわね。」
「ああ。」

 二人の間の空気が張り詰めた。キースはコーヒーを飲み干して端末に目を落とし、シェラはリアルタイムでアンドロイドに指示を出すため、テーブルの上に映写したキーボードに手を置いた。

 そして計画は、実行される瞬間を静かに迎えたのだった。

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